第3話:闘技大会、予選

 クルスはきょろきょろと周囲を見渡していた。係の人に手渡された番号が、これから行われる競技の組み分け、らしい。正直何をすればいいのかもわからない田舎者のクルスからすると、この場にいるだけで胃がきゅっとなる想いであった。

 しかも周りは――

(身体が大きい人ばかりだ。俺が一番小さいんじゃ……身長はともかく、身体の細さは俺が一番かも。全員、強そう)

 騎士志望の子たちがずらりと並ぶ。突然連れてこられたクルスが知る由もないが、この世代ともなると大体が転校志望、つまりは既存の騎士学校に通う子たちばかりとなる。未経験、経歴なしの子はほとんどいない。

 二年間、みっちり騎士学校で鍛えられた子ばかり。それに騎士を志すような子は学校に入る前から家庭教師などを招き、度合いに差があるとはいえそれなりに鍛え込まれているのが当たり前、である。

 幼少期から、生まれる前から、騎士を目指すことが宿命づけられている。

 クルスとは対極の――

「君、何番だい?」

「え、あの、七番、です」

「よかった。読み通り。僕も七番、同じ組だ」

 話しかけてきたのは金髪灼眼の少年であった。細身に見えるが、袖の下から覗く筋量は鍛え上げられた者のそれ。それでいて物腰がとても柔らかく、笑顔が眩しい。

 あからさまな好感度の塊であった。

「僕の名はフレン・スタディオン。君は?」

「クルス・リンザール、です」

「同世代だし、敬語は必要ないよ。僕もクルスと呼ぶから、君はフレンで頼むよ。これから共闘し、力を合わせる仲間なんだ。遠慮はなしで行こう」

「う、うん」

 狭い村社会で生きてきたクルスにとって、見知らぬ他人との距離感の詰め方はわからないものだったが、幸運にもフレンはその達人であった。

 するりと懐に入り、距離感まで設定してくれる。もうこの時点でクルスからフレンへの好感度は非常に高くなっていた。

「クルスはこっちの出身?」

「うん。フレン、は?」

「僕はログレス。知ってる? ログレス王国」

「も、もちろんだよ。国立最強の騎士団を擁するログレス王国でしょ? 行ったことはないけど、大国だって知識はあるよ」

「軍事力はね。でも、この国みたいに遊びは無いし、北国だから寒いし、良いところじゃないよ。騎士を引退後は南国に住むのが僕の夢さ」

 すでに引退後を見据えているフレンにクルスは圧倒される。自分はまだ騎士になる道すら見えていないのに、彼にとってそこは通過点のようにも聞こえた。

 ここにいると言うことは、立場としては同じはずなのだが――

 そんなクルスの疑問を、

「もう引退後の話? 騎士にもなってないのに気が早過ぎじゃない、スタディオン」

 またも突然現れた少女が代弁してくれた。

「ジュリアか。君は何番?」

「七」

「……なるほど」

「あたしはジュリア・ドレーク。あんたはクルス・リンザール、聞こえていたし無駄な手数をかけたくないから、先回りさせてもらったわ。よろしくね」

「よ、よろしく」

 それだけ言って、ジュリアの視線はフレンに移る。建前として挨拶はしたが、あまりクルスへの興味は薄いようである。

「で、あんたは何校から誘いが来てるの?」

「そう言うのは守秘義務があるだろ」

「あたしは十校以上から声掛けしてもらっているけどね」

「それはすごい」

「……その余裕面、あたしより多くから声かかってんな、このボンボン」

「でも、僕はログレス以外に行けないから。あまり意味のない数字だよ」

「……今年も? 四学年からの編入はきついでしょ」

「一人息子だからね」

「名門も大変ねえ。ま、頑張りましょ。お荷物役をきっちり面倒見れば、評価も上がるでしょうし。あたしも、御三家狙いだから」

「レムリア志望だっけ?」

「そ、制服が一番可愛いから」

「軟派な考え方だなぁ」

「もちろん良い環境欲しさもある。今の学校じゃレベル低過ぎてさ」

「まあ、周りは大事だよね。レベルの高い環境に身を置くのが、自分を高める上で最も重要なことだって、よく師匠も言っていたよ」

「でしょー」

 クルスを置き去りに、フレンとジュリアはよくわからない会話を繰り広げていた。一つだけわかるのは、彼らが自分とは違うと言うこと。話の内容からしてジュリアはすでに学生らしく、フレンも色んな学校から声がかかっている。

 ただ、高みを目指すために彼らはここにいるのだ。

「…………」

 クルスは劣等感で押し潰されそうになっていた。

「スタディオンとドレークだ」

「せめて組み分けばらけさせてくれよ。あの二人を組ませたら手が付けられないことぐらい、主催者だってわかっているだろうに」

「ってことは、たぶんもう一人が穴なんじゃないか? 見たことない顔だし、地元のあれだろ、騎士に夢見て参加しました、みたいな」

「だったらあいつ狙いでどうにかなるかもな。今時、何のバックボーンもない奴が騎士になんてなれるわけないのに……馬鹿だよなぁ」

「まあまあ、そのおかげでスタディオンの組を落とせば、もうそれだけでスカラの声もかかるだろ。チャンスだよ、這い上がる」

「だな」

 周りからの眼が痛い。刺すような、ねめつける様な、視線が絡みつく。

 クルスは身を縮こまらせるも――

「ま、主催がその意図で組ませたのは事実でしょ。少しでもお祭りを盛り上げようと言ういじらしさ。あたしは嫌いじゃないわ」

 ジュリアの心無い言葉にさらに縮こまらせるも――

「でも、たぶんその意図は外れると思うな」

「なんで?」

「何となく。クルスの立ち姿を見ていたら……彼らに劣るとは思えなくて」

「……ふーん、ああ、確かに。きちんと立ててんじゃん」

「え?」

「見ればわかるんだよ、本当に騎士足る者かどうかは」

「意外と強かったりしてね」

「じ、自信はないよ。皆、強そうだから」

「えー、『今日』はろくなのいないわよ」

「僕らは大丈夫さ」

 フレンとジュリアに引っ張られ、少しだけクルスは平静を取り戻せた。彼らはこの場でも別格なのだろう。なぜこんな場所にいるのかはわからないが、雰囲気や周りの視線からも頭一つ、二つ抜けているのは間違いなさそう。

 幸運だ、とクルスは思う。


     ○


 イリオスの闘技大会、かつて建国の立役者と謳われた男が、エンターテインメント都市の構築に先駆け、築き上げたのがこの大コロシアムである。騎士にあぶれた者や食い詰め者を集め、市民の娯楽へ昇華し、国が賭けの胴元となることで多額の税金が国庫に納まった。と言う歴史があり、市民からは愛されていた。

 何せここで巻き上げた金が、イリオスのインフラを整えることに繋がったのだから、娯楽も馬鹿には出来ない。

 歴史の話はさておき、建国記念日、厳密には再建記念日だが、これを盛大に祝うお祭りの目玉が、大コロシアムを用いて行われる闘技大会である。かつては全年齢でしのぎを削る真剣勝負の場であったが、時代が移り変わり、スポーツの色が強くなった。しかも全盛期の才人たちは皆、騎士団などの安定職についてしまうため、闘技者の質も量も減少。今はむしろ若手の登竜門としての側面が強くなった。

 だからこそ多くの騎士団や騎士学校と提携し、彼らのスカウトを現地に呼び集めることにより大会の付加価値を上げているのだ。

 より優れた人材を競わせ、この日の見世物とするために。

 各チーム入り乱れてのバトルロイヤルである。

 そんな彼らのお目当ては――

「んー、やはりいいねえ、フレン君は。ログレスの名門スタディオン家の血統書付き。ダンジョンの突発発生で入学試験を受けられなかった悲運さえなければ、こうまで進路がこじれることもなかっただろうに……どの学校も喉から手が出るほど欲しい人材だ。華もあるし、実力も備えている。隙が無い」

 名門出身、悲運の秀才、フレン・スタディオン。御三家、ログレス王立騎士学校への入試に向かう最中、龍脈上でないにもかかわらずダンジョンが発生、家人と共に市民らの救出、避難などを手伝うも入試は受けられず、学校側も特例を作ることは出来ないと入学できなかった。その後、ログレス騎士団出身の家庭教師をつけ、同等の教育を受けるも昨年はログレスだけ声がかからず、浪人を決意。

 今年こそは、とさらに実力をつけ、剣を振るっている。オレンジの刃金は彼の熱き思いを表していた。ログレスに入るのだと言う、強き思いを。

「さらに力を付けましたね、スタディオンは」

「君は勝てるか?」

「……無論」

 当然、ログレスのスカウトもまたイリオスまでやって来ていた。お目当てはフレン、相思相愛なのか、それともお眼鏡にかなわず今年も駄目なのか。

 元々、ログレス自体編入には消極的な性質もあり、その辺りは読み辛かった。まあ、だからこそ彼目当てのスカウトがわんさか押し寄せているのだが。

 ログレスが溢すかもしれない秀才を拾うために。

「スタディオンは取れないよ。ログレスは泳がせて成長を促しているだけでしょ。最初から相思相愛、実際に昨年からの伸びは素晴らしい。あえて落とすことで、反骨心を煽り、成長させる。名門スタディオン家への信頼感あっての放流さ。取れない人材に手を伸ばすのは愚かなこと。我々はドレーク君狙いだ」

 私立の超有名校、メガラニカ私立騎士学院のスカウトが微笑む。血統も含めあからさまなフレンは手を伸ばしたくなるが、そこは悪手であると彼は考える。そもそも教育も含めガチガチのログレス式で育てられたフレンを矯正するのも難しい。

 それならば、名門出でもなくそれでいて才気あふれるジュリア・ドレークを狙う。実際にメガラニカはすでに彼女へスカラを与えており、今日は最後の誠意を見せるためにやって来ていた。現在は保留、彼女の第一志望であるレムリアがどう動くか。今はただ、誠意を示すしかないのがスカウトの辛い所。

 彼女は騎士の家柄ではなく、騎士学校へ入学した際はそれほど目立った存在ではなかったらしい。特に座学には難あり。ゆえに入学した学校はランクの低いところだった。が、そこから実技でめきめきと実力をつけ、現状の環境では明らかなオーバースペックとなった。それゆえの転校志望、である。

 たまにいるのだ。特に騎士と無縁の環境出身者には。元々の素養が見えずに、のちのち爆発的に開花する者が。ジュリアはそのタイプ。

 メガラニカはその爆発力を買っていた。

「もう一人もよくないですか?」

「ん?」

「さっきから、攻められているのに崩れない」

「確かに……クルス・リンザール、聞いたことのない名だな。経歴は、なし、師匠はゼロス・ビフレスト、これまた無名だ。だが、その割には――」

「ええ。堅い」

「どういう子だ、彼は」

 俄かに、スカウトたちの視線がもう一人の、目立たぬ少年へと向けられる。マークしていなかった無名の少年、果たして掘り出し物か、否か。


     ○


((どうなっている?))

 そして、スカウトたちよりもよほど驚いていたのが、現場で共に戦う彼らであった。三人一組のチーム戦、リーダーにはフラッグを与えられ、それをチームで守りつつ他のチームのフラッグを奪う、と言うのがこの戦いのルールである。

 彼らは経験不足であろうクルスをリーダーに設定し、彼を守る形で戦いを乗り切ろうと考えていた。だが、現状はフレンたちが守る必要すらなく――

「ふ、しゅ」

 クルスが他の子たちを寄せ付けぬ鉄壁の守りを見せていたのだ。これは完全に彼らの想定外であった。立ち方から、多少出来るのでは、と思っていたフレンでさえ、圧倒的なまでの堅守を見て、唖然としてしまったのだ。

(これで無名って、詐欺でしょ!)

 ジュリアは顔を歪める。翡翠色の剣を振るいながら、快速の攻めを見せる彼女であったが、これだけ自由に動けているのはクルスのおかげでもあった。立ち回りの上手さもあるのか、クルスが捉えられる気配すらない。

 だから動ける、存分に。

(参ったな。ここまで出来る子だったのか)

 フレンは苦笑する。何のかんのとフォローはしたが、しっかりとした立ち方などそれなりの学校であれば一年生の内に習い、完ぺきにこなすことが求められる。白紙の経歴の割には――そういう思いがなかったとは言えない。

 受け方も繊細、手の内は柔らかく流すように相手を捌いていく。近づけない、独特の構えは昨今あまり騎士の界隈では見られない守備に特化した型である。対策を怠っている者も多いが、それを差し引いても――

(うん、強い)

 主催側の意図を完全に外す形のワンサイドゲームが展開される。

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