第2話:騎士への道
「今日は集中力が欠けているね」
いつもよりあっさりと剣の稽古が終わり、そのまま座学、今は算術を教わっていたのだが、どうにも全体的に集中できていない風に見えた。
実際その通りで――
「……その、俺は本当に、騎士になれるのでしょうか?」
昨日からずっと、頭の中に渦巻いていたのだ。
もしかしたら、騎士になんて成れないのではないか、と。
「ふむ、今日の集中力では、難しいだろう」
「すいません」
「が、そういう話ではないのも理解している。私の持論としては、騎士とは成るものではなく在り方、だと思うのだが、世間一般で言う騎士は騎士の学校を出て、強さを、教養を、礼節を、携えた上で騎士団に採用された者のことを言う」
「はい」
「つまりはまあ、騎士の学校に入らねば騎士にあらず、と言うわけだ。私はそう思わないし、昔はそうでない騎士もそれなりにいたと思うが」
学校、クルスは顔をしかめる。ゲリンゼルの村から学校とやらに行った者は一人もいない。村長の息子たちですら、そういう教養とは無縁であった。
想像もつかない世界である。
「学校は良いところだ。クルスは確か、今年十四の歳であったかな?」
「はい」
「であれば三学年からの編入になる。中々、途中から入るのも難儀なものだが、集中して事に当たれば何とかなるだろう」
「その、編入ってどうすれば良いのですか?」
「……ああ、ああ、すまない。そうか、うっかりしていた。歳は取りたくないものだ。様々なことが抜けてしまう。そうだったな、伝えていなかった、私の失態だ」
申し訳なさそうにクルスへ頭を下げる『先生』。
「学校へ編入する手段はいくつかある。まず、志望を出すことだ。編入先がそれを受理すれば編入完了、これが最もシンプルな形……だが、これは基本的に実績のある、つまり別の学校に通う学生が他校に編入、転校する際に用いることで、クルスが志望を出したところで弾かれるだけだろう。どのランクの学校であっても」
「うぐ」
「引き抜き、上位校からのスカウトなどもクルスには無関係だ」
「う、うう」
「しかし、一つだけ道がある。実績を積んだ上で志望も出せる、一石二鳥の方法が。様々な団体、学校が主催、協賛する大会に出場し、力を示す。これが何も持たざる者が受験を介さず、騎士の学校に入ることの出来る唯一の方法だ」
「そういう大会があるのですか?」
「ある。もちろん、狭き門ではある。夏も終盤、すでに枠のない学校もあるだろう。ただ、それを差し引いても今のクルスならばどこかの学校には引っかかると思う。無論、あくまで私の見立てでしかないがね」
クルスにとっては『先生』の見立て以上に信頼できる秤はなかった。
ゆえに、迷う理由もない。
「参加したいです!」
「出来ればあと一年、私の手で鍛えたかったが……そうだな、うむ、悪くないかもしれん。私自身の限界も……近いからな」
「限界、何の話ですか?」
「いや、こちらの話だ。では、明日にでも発とうか」
「え⁉ あ、明日ですか?」
「問題が?」
「いえ、その、急ですし、父がなんて言うか」
「私が説得しよう」
「え、ちょ、『先生』!」
すたすたとクルスの家に向かって歩き出す『先生』に、クルスは慌てながらついていく。いきなり道は開けたが、果たしてこの先に何が待つのだろうか。
想像が出来ない。何も考えられない。
ただ一つ言えるのは――
「しばらくご子息を預かりたい。よろしいか?」
その威風堂々とした背中に、
「余所者が、勝手なことを抜かすな!」
父の罵声を受けてなお、
「よろしいか?」
小動もしない強さに、クルスは想像も出来ない輝ける明日を見ていた。
家の前で『先生』が父に対し『説得』をしていた。何という強引な方法なのだろう。村の皆が呆気に取られて『先生』を見ている。
父は、『先生』の腰に提げられた剣を見て、
「……ッ、あ、う、う」
一歩、退いた。
「感謝する。では、旅の準備をしなさい。明朝、村を出る」
「は、はい!」
何も起きない、起きるはずのない村で、何かが起きた。小さな変化、クルス・リンザールと言う少年が一人、外に出るだけでしかないが。
「父さん、俺、行くよ。『先生』と一緒に」
「……ふん、どこへなりとも行け。だがな、お前は絶対に、何者にもなれやしない。村に戻って来て、俺に頭を下げるのだ。許してください、と」
「……するもんか!」
クルスは今日、この小さな村で居場所を完全に失った。あの『先生』に向ける眼と同じ、異分子を見る眼がクルスに注がれる。
幼馴染のエッダと兄だけは違ったが。
それでも、道行を祝福してくれる人は、誰もいなかった。
○
村の外に出たのはクルスにとって初の経験だった。
徒歩にて最寄りの駅に向かい(村から徒歩一日)、二時間に一本の魔導列車を待つ。子供にとっては長い待ち時間であったが、『先生』監修の下、イメージトレーニングをしていればすぐに時間など経つ。もっと時間が欲しかったほどである。
「ふ、緊張しているね」
「……はい」
クルスはお腹が痛くなるほど緊張していた。何しろ村の外に出るのも、列車に乗るのも初めてのことである。しかも、どう見ても上等なコンパートメント席である。列車に乗ると聞いた時はお金がないと言ったが、そこは全て『先生』が持ってくれた。見た目はお金など持っていないように見えるのだが、不思議なものである。
「それを飼いならす術を覚えなさい。肝の太さは生来のものだが、経験や修練によって鍛えることは出来る。良い経験と思えば良い」
「……イエス・マスター」
「それに、意外と極限の状況下では普段緊張している人間の方が慣れている分、有利かもしれない。何事も考え方次第、だ、クルス」
『先生』はクルスの頭を撫でる。
今、彼らが乗っているのは魔導列車、彼らの住まうミズガルズ大陸に張り巡らされた鉄道網。半星紀前、魔導列車の登場によってインフラ革命が起きた。その繁栄をもたらしたのが一星紀前、魔の領域ウトガルドから攻め込んできた災厄の魔王と戦い勝ち取った平穏である。それが世界にゆとりと発展を与えた。
多くの犠牲の上に魔導列車などの利便性は存在する。
「すごい、景色が飛んでいく」
「寂しいか?」
「……いいえ」
生まれてから死ぬまでいるはずだった故郷を離れる。まだ幼い彼にとってはとても大きな、重い決断であった。それでも今の彼に迷いはないが。
「イリオスの王都まではそれほどかからない。大きな国ではないからね。この魔導列車ならあっという間だ。本当に素晴らしい。革新だよ」
まるで己の生きた時代にはなかったかのような反応。今更彼も問う気はないが、出会った当初はよく聞いたものである。
先生はいくつなのか、と。
今も答えははぐらかされたままであるが。
〇
イリオス王国王都トロイア。商業と歓楽街がウリのエンターテインメント都市である。年中賑やかで、お金が乱れ舞っているような都市であった。
さらに、今は普段よりも賑やかさが増している。
そう、この週は年に一度の都市を挙げた祭りの時期であったのだ。
静かな田舎しか知らない少年にとっては圧倒される光景であろう。
「……だ、駄目かもしれない」
早速弱音を吐くクルス。いなかっぺはこういうのに弱いのだ。
「時間がない。エントリーに向かおう」
『先生』は場所を知っているかのように、迷いなく賑わいをかき分けて進む。クルスは慌ててついていく。かっぺはついて行くので精一杯であった。
「大会の形式は私が知る頃とは変わったかもしれないが、大事なのはいつも通りの実力を出すことだ。しかと立ち、集中する。それでわかる者には、わかる」
『先生』はクルスが学校に入れることを信じていた。微塵も疑いなく、大丈夫だと思っているのが、伝わってくる。それがクルスの勇気となる。
「さあ、君があの時願った、変わるための舞台だ」
大きな闘技場であった。そして、沢山の人がごった返している。こんな熱気、クルスは体感したことがなかった。飲まれてしまいそうになる。
だが――
「集中」
『先生』の言葉がクルスの意識を引き戻す。
「困った時は心の中で唱えることだ。大丈夫、クルスならば出来る」
「はい!」
クルスの様子を見て、『先生』は微笑み受付へ歩を進める。
「数え年で十四歳以下の部、一名です」
「どこかの学校関係者ですか? それともどこかのお教室や弟子など――」
「師は私、ゼロス・ビフレスト。出身はアスガルド王立学園だ」
「団に入った経験は?」
「アスガルドの団に入っていた時期もある。剣の柄に証が」
「ほほう。名門ですな。承りました。お弟子さんの名は?」
「クルス・リンザール。この国のゲリンゼル出身。目的は騎士学校への編入、スカラシップ(給付型奨学金)が参加の目的となる」
「ゲリンゼル。聞いたことが……いや、凄い隅っこにあったような、まあいいでしょう。スカラシップ狙い、と。登録完了です。お弟子さんはこちらへ」
「は、はい!」
クルスには一連の会話、何一つ理解できていなかった。師がかつて騎士であったことぐらいはさすがに理解できたが――
「ここから先、私には何も出来ない。己が手で、運命を切り開くのだ」
「イエス・マスター」
「その剣は餞別だ。ずっと昔、私が学生時代使っていたものでとても古い年代物だが、モノはいいはず。使ってくれ」
「いいんですか? 騎士の剣って、高価なものなんじゃ――」
「錆びさせておくよりも有意義だ。剣は振るってこそ、飾りではない」
「……ありがとうございます! 大事にします!」
「征きなさい」
「はい!」
師はクルスに背を向け、健闘を祈る。弟子は今、己の手を離れた。騎士学校の席は少ない。特に正規の受験方法でなければ、いばらの道であろう。
それでも届くぐらいの実力は身に付けられたはず。
わかる者が見れば――
「なんや、妙な気配するやん」
にゅっと貌を出す、蛇のような男。その眼は細く、鋭く『先生』とだけ名乗る男を見据えていた。凶暴な気配、いつ暴れ出しても――
「僕の知らん気配、や」
突如現れた蛇のような男の顔が喜色に歪む。
「……ほう。こんな場末に、ユニオン・ナイトがいるとは」
仮面の男、『先生』が放つ妙な気配に対して――
「……売っとるんか?」
蛇のような男は何の躊躇もなく剣を抜こうとした。
だが――
「……っ」
次の瞬間には、『先生』はその場から陽炎のように消えていた。
人成らざる、技であろう。
『私は、種を残した。君ならば、見抜けるはずだ。『騎士』に至る者を』
されど声は耳朶を打つ。まるで世界の裏側から聞こえるかのように。
『君ならば、わかる』
深淵より届いた言葉。それを聞いて蛇のような男は眉間にしわを寄せる。
「クロイツェル、どうした?」
蛇のような男の知人が、男に向かって走って来る。手には串焼き、屋台に惹かれて買っていたのだろう。友の妙な気配に知人はいぶかしむ。
「いや、なんもあらへんわ」
蛇のような男はそれを煙に巻いたが――
「今日はまだ予選だ。私たちが君に見せたい子は本選からの出場だよ」
「……別に僕、その子興味ないんやけど」
「そう言うなよ。学園長まで来てくださっているんだ」
「尚更興味ないわ、阿呆」
そのまま蛇のような男は顔をしかめながら予選会場に入っていく。それを見送る男は「相変わらずだな」と首を振る。
世界最高の騎士団、現役のユニオン・ナイトにして第七騎士隊の副隊長を務める男、レフ・クロイツェル。世界でも指折りの騎士であり、その実力は現在の地位以上と言われている。黒い噂も絶えない男であるが。
そんな男が何故かお祭りに現れ、この男と接触しているのだ。わかる者が見れば非常に興味深い光景である。クロイツェルに声をかけた男は彼の同期であり母校の筆頭教師をしている男、テュール・グレイプニル。
御三家、アスガルド王立学園の教師であったから。
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