第5話 相互理解にはほど遠い

「話があるんだ。一緒に来てもらってもいいかい?」


困ったような顔で言うユリウスに、私たちは顔を見合わせた。

ヴォルは嫌そうな顔をしているけれど私と話すこと自体が嫌だろうから、ユリウスの言う話の内容を推測するのは難しい。

たぶんいい話じゃないんだろうな、と先ほどの醜態を思い出して私は胃がきりきりしはじめるのを感じた。

砦中の噂になってるって言ってたし、これは悪い話をするに違いない。


階段を下りるとヨハンくんが心配そうに私を見ていたので、こっそり「何でこの二人来たかわかる?」と聞きたかったけど無理だった。そんな空気じゃない。

だけど話の内容を知らなくても心配になるだろう。何せ私がキレたことは砦中の噂になっていることらしいから。


廊下を歩いて角を曲がって、また階段を下りてだんだん方向感覚がわからなくなってきたところで小さな部屋に通された。中にはじゅうたんっぽいものが壁に飾られていて、窓はない。椅子は木製のゆったりした大きさのが四つ。


中に人はいなくて、団長から怒られるわけではないらしい。ならどうしてヴォルはあんな顔をしていたんだろう。


「どうぞ、二人とも座って。ヴォルフィ、僕から説明するかい?」

「……ミヨシに言う必要はないと思うが」

「あるよ。あると思うよ、僕は。ねえミヨシ、明日からの予定は?」

「お姫様が一緒に王都に行くって言ってた」

「ほら」


ユリウスに言われてヴォルはしかめ面をする。


「もしかして、王都に行かなくてよくなったとか?」

「察しがいいね。どうしてそう思ったの?」

「今ここでその話題を出せば、普通に考えてそのことでしょ」


私は勘がいいわけではないし、この状況では当然の結論だと思う。ねえ、とハルナに同意を求めたら頷いてた。


「実は私、ユリウスがなんで今そう言ったのか、ヴォルフィが説明したがらないのか、わかってる気がしてる」

「えっ、そうなの?」

「女性に対する価値観が違いすぎるから、でしょ。私とユリウスは最初に色々話したけど、それはユリウスがこの世界の男の人として少し変わってるから、らしいの。私たちみたいに呼び出された子とこっちの世界の人の差を知りたがったからユリウスは私にちゃんと話をしてくれた。でもヴォルフィは必要ないと思ってる」


ふう、とハルナはため息をつく。


「実は二人がけんかしてたの、療養所の窓から見てたの」

「えっ」

「ミヨシ、声大きいから」

「そんなに大きかった!?」

「僕とハルナがいた二階の部屋の窓が開いていたとはいえ、すぐ噂になるくらいには大きな声だったよ」


笑顔で言うユリウスに、自覚はなかったけど大声だったなら反省しようと思った。

声が大きくなるのはたぶん、ヴォルが聞いてるかよくわからないリアクションをするせいだけど。

いや、どう考えても頭に血が上ってたからヴォルのせいだけどヴォルのせいだけじゃないな。反省。


「女の教養とか学力とか、そういうのは劣ってるっていうのがこの世界の一般的な認識なんですって。だから黙ってついてこい、が普通なわけ」

「それは態度から感じてた。こいつ、私のこと人間だと思ってなさそうだもん」

「話したところで理解できないだろうって思ってるのが普通だってことよ。私たちはほら……せ、聖処女とか言われてるから丁寧には扱われるけど、でも根本的に対等だって思われない世界なのよ」


ハルナの言葉に思わず「は?」とおかしな声を出してしまった。


「無理やり呼び出して倒れるまで魔法使うくせに? 私たちいないと魔法使えないのに?」

「それを言われると僕としては、最大限君たちの希望を叶えることで許して欲しいと思ってるよ。君たちがいないと、僕たちが魔法を使えないのは確かだからね」

「希望って、まさか毎日水浴びしたいとかせめて下着は替えたいとかその程度のことだよね」

「ハルナやミヨシのいた世界ではその程度って言えることでも、こっちでは王族や貴族の暮らしを求められてるってことなんだ」

「それくらいの暮らしを提供するだけでこっちが倒れるまで魔力搾り取っていいなら、王様たちもうゾンビじゃない? ミイラになるまで搾り取るべきでしょ」

「ミヨシのその考えは過激すぎるけど、言いたいことは私もわかるわ」


ハルナは頷きながら、ユリウスにゾンビやミイラは動く死体だと説明した。そうなるくらいこき使われているという比喩表現だよ、と言うあたりハルナはきっと前の世界でも優等生だったんだろうなと感じる。優しいし、フォローがすごく上手い。


「魔力の対価を支払ってるつもりだから、立場は自分たちが上ってことなのね」

「そういう考えが普通だってことかな。あと、ヴォルフィは女性が口ごたえするなんて本気で思ってなかった。そういう環境で生きてきたからね」

「どういう環境なの」

「騎士の家柄だからさ。女性、つまり母親とか姉妹は当然一家の主たる騎士の言うことに逆らったりしないはずなんだよ。僕は庶民の出だから違うけど、騎士の世界ってそういうものらしいんだ」

「古い考えすぎる……」

「私たちにとってはね。まあ、とにかくそういうことでしょ、ユリウス」

「ミヨシが叫んでいたDV野郎って言う言葉の意味をハルナから聞いて驚いたよ。言うことを聞かないなら相手を殴る男だって珍しくないからね、特に庶民の世界には多いよ。騎士の世界は知らないけど、たぶん禁止されてないはずだし。ハルナたちの世界と僕たちの世界はずいぶん違うんだなって改めて納得したくらいだ」

「つまり、ヴォルは本気で私がアホだから自分の言うことさえ聞いてれば間違いないと思っていたのね?」

「さすがにヴォルフィが女の子が苦手で無口でも、あれだけ言われたらわかるよ。ミヨシはよく癇癪を起こすけど、副団長とはちゃんと話せていただろう?」

「癇癪じゃなくて普通に怒ってたんだけど?」

「どう見えるかってことさ。それで、うちの団長と様子を見ちゃった第四王子が、あんな子を王都には連れていけないって言いだしてね。ついさっき聖処女のお披露目の順番が入れ替わって、僕とハルナが明日から行くことになった。本当は夜会もあるから、姫君がヴォルフィと一緒に踊りたいってことで君たちが先に行く予定だったんだけど」


つまり私は問題児とみなされたらしい。

副団長がいたのにフォローはしてくれなかったのも、価値観の違いと言うことなのか。


「サクラさんやヨシノさん見てたら、アホじゃないってわかるものなんじゃないの?」

「うーん、僕も親しくはないし、あの二人と話をしたことなんて数えるくらいしかないよ。それに二人はミヨシみたいに反抗的な態度じゃないから」

「王都に行けないのはまあいいんだけど」

「いいの?」

「美味しいものたくさん食べれると思ってたのに残念だけど、いいよ。今の話聞いてたら、ヴォルみたいに人権無視のクソ野郎ばっかりなんでしょ?」

「じん…?」

「えーっと。私が人間だと思ってないやつばかりの場所には行きたくないってこと。そんなところにハルナも連れていかないでほしいくらいよ」

「拒否権が私にあるなら、確かにそうだけどね」


ハルナは困ったような笑顔を浮かべる。


「私とユリウスのことはおいといて。あなたは、行けなくてもいいの?」


話の輪に加わらずしかめっ面をしていたヴォルは、しかめっ面のままハルナを見つめてからゆっくり私を見た。


「……説明はする。人の言うことを聞く、という考えがお前にないことは理解した」


こっちとしては、いいなりになると思っていたことに驚きだよ。言わないけど。

たぶんきっと、ヴォルなりの譲歩なのだろう。ここで文句を言ってもヴォルはたぶんまたうるさいこと言い出したくらいにしか思わなさそうなので、説明に期待するしかない。期待値は低いけど。


「僕もいきなり王都に行けって言われて困ってるんだけどね。他にも治療師がいるとはいえ、最前線の小競り合いは続いているし、いつけが人が運ばれてきてもおかしくない。往復で九日かかるんだ」


挨拶がそんなに大事なら向こうがくればいいのにと一瞬思ったけど、ここが戦いの最前線なら王様が来るのは無理だろう。第四王子の年齢を考えたら、王様は高齢だろうし。


「それから、第四王子からの命令でね。ヴォルフィ、自分で言うかい?」


ユリウスに言われてヴォルは抑揚のない声で言った。


「聖騎士と聖処女として恥ずかしくない振る舞いを身に着けろ、という命令だ」

「聖騎士って何? まさかあんたのこと?」

「……聖処女を召喚した人間をそう呼ぶからな」

「ユリウスも?」

「一応ね。僕も騎士だし。仕事の内容は医者だけど」

「へえ……」


似合わない、イメージに合わない、というのは言わないでおいた。私の知ってるゲームの中で聖騎士は光属性で、とてもじゃないけどヴォルとはイメージが違う。

めちゃくちゃ闇属性だよ、初対面で殴られた身としては。


「聖騎士と聖処女の仲が悪いなんて前代未聞なんだ」

「でもヨシノさんだって泣いてばかりだったって副団長が言ってたじゃない」

「知らない場所に知らない人しかいないって泣くのと、ヴォルのことを侮辱して走り去った君は同じじゃないよ」

「うーん、侮辱されるような振る舞いについて反省してないわけね。わかった。やっぱり私帰る! 帰りたい!」

「無理だよ」


笑って即答するユリウスに、ハルナは頷く。


「ミヨシ、帰れるならとっくに帰ってるじゃない」


前々から思ってたけど二人は確かにとてもいいコンビに見える。求められてる理想はこういう二人なのだろう。私が見ても羨ましいくらい、息が合ってる。


「と、いうわけでこれから部屋を替えて、ヴォルフィとミヨシは関係の改善を図ることっていう命令なんだ。僕もハルナに王都のいろんなことを教えなくちゃいけないし、もちろん寝室は別だよ。でも、ミヨシが頑なすぎるのはこの世界のこと、ヴォルフィのことを知らないからだろうって副団長が言ってね」

「副団長は泣いてばかりだったヨシノさんとどうやって関係を改善したのかな」

「対話、だって言ってたよ。ヴォルフィにはきついかもしれないけど、まあ頑張って」


同期だというし友人なのかと思っていたけど、ユリウスは同情なんて1ミリもしてなさそうだった。頑張れの言葉が投げやりだ。


「余計なことなどせずただ黙っていればいいだけだが、お前にはできそうにないことだったな」


言わないけどサルにでもわかるように説明してやる、とか思ってそうな言い方だった。この野郎、と思ったのが顔に出たのか、ハルナがため息をついた。

「ミヨシ、抑えて。まずは一歩前進のはずだから」

「辛すぎる……」


対話の前にケンカしそうだし、これからハルナがいなくなるなんて困る。すぐ帰ってきてほしい。頼りになるのはハルナだけなのだ。


「ユリウス。私も今夜はミヨシと同じ部屋がいいから、部屋を替えるのは明日からでもいい? 行くのに二日か三日かかるなら、道中で必要なことは教えてもらえるよね?」

「ハルナには謁見の作法と夜会の振る舞いを覚えてもらえば十分だよ。ワルツは踊れたから問題ないし」

「えっワルツって何!?」


思わずハルナを見ると、ハルナはヴォルを見た。視線が合わない。


「私はユリウスにすぐに聞かれたけど、ヴォルフィ、あなたミヨシに夜会で踊れるか聞いてないのね」

「例え踊れないとしても、一晩あれば踊るくらいできるようになるからな。事前に聞く必要があるのか?」


私はダンスなんて習ってない。ダンススクールなんてない地方育ちなのだ。もしくあしてハルナはめちゃくちゃお嬢様だったりするのではないだろうか。身の回りはおろか、SNSで繋がってる首都圏の人間だってワルツが踊れそうな人なんていなかった気がする。話題にも出ないだけかもしれないけど。


「……私、ユリウスに呼び出されてよかった」


しみじみと言うハルナの横で、私はヴォルを見る気力すらなくしていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どうして聖女じゃだめなんですか!? 朝田ゆま @mymand

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ