ろうかの怪談・・・
私誰 待文
怪談「一人暮らし」
社員寮に帰るころには夜中の一時を超えていた。タクシー代を
1LDK、彼女はいない。男は廊下の電気を
男は一人暮らしの会社員である。新卒で
男は職場へ出勤する前、給湯器に備え付けられていた〈タイマー〉で、この時間帯には湯船で満たされるよう
疲弊した独身男を
裸一貫になった男は蛇口をひねる。男の頭上のノズルから、ぬるま湯が
せせらぎのような音に熱がこもりだす。流れる癒しの湯を浴びながら男はシャンプーヘッドを数回押し、頭皮になじませんばかりに洗髪する。
その後、ボディタオルにソープ液を射出して、全身を多少荒っぽく
男が洗顔料を使用しだしたのはここ数ヶ月、きっかけは同期と昼食を
「この前娘を抱きかかえたらさ、加齢臭が原因で娘に泣かれちまったよ」
五分後、洗顔の時間を終えたら、いよいよ男のお待ちかねである。
風呂の温度は四十三度、入浴剤は月に三度。男は爪先からゆっくりと、クッションに体を
「あぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…………」
押しのけられた湯水が決壊したダムのように、風呂場のタイルを浸水させていく。男はゆっくりと時間をかけてその轟音を聴きながら、今日一日の激務で
この時間が最も、男にとってに至福であった。
暖かな湯に全身を委ね、心腹の奥から安堵の声を
時間にして三十分。男は大人の男らしく、緩みきった体と全身を徐々に
男は浴槽から体を起立させると、勢いのままに風呂の栓を抜いた。男一人しか住んでない以上、これ以上湯を溜めておくのは勿体ない。
脱衣所まで足を運び、予め用意しておいたバスタオルで全身を細かく拭く。そして下着と寝間着に着替えると、そのまま男は洗面台へ
この後に残るのは、電気を
化粧水の工程を終えた男は脱衣所を出て廊下の電気を消すと、明かりが灯ったままのリビングへ晩酌をしに向かった。
〇
「どう?」
「……どうって」
どこかの会社の昼休み、上司の青年が得意げに意見を
「私、『怪談を話してください』っていったのに、先輩ずっと風呂好きの男の話しかしなかったじゃないですか。何にも怖くなかったです」
納得がいかないと文句を言う女に対し、青年はふふんと余裕の態度で応えた。
「これは"意味が分かると"怖いんだよ。この話の最初、男が家に帰ってきた付近の行動を思い出してごらん」
「えっと『1LDK、彼女はいない。男は廊下の電気を
「一字一句ちゃんと覚えられてると怖いね。じゃあ、この話の終わりはどうだった?」
「『化粧水の工程を終えた男は脱衣所を出て廊下の電気を消すと、明かりが灯ったままのリビングへ晩酌をしに向かった』ですよね」
淡々と女が引用し終えると、途端青年はしたり顔の
「つまり、男が自分で電気を点けたのはリビング・脱衣所・風呂場の三か所のみ。なのに男は風呂場から出た後、何故か廊下の電気を消している。男は一人暮らし、ここから
そこまで一息に話した後で、青年は突如真剣な表情で語った。
「――男以外の"何か"が電気を点けた」
〇
解説し終えた青年はすぐに硬い表情を緩めて女に
「これは有名な〈意味怖〉だね。俺が怪談話を漁ってた昔に飽きるほど読んだやつだけど、後輩世代じゃ知らないか~」
青年はチェックメイトを決めた棋士のように笑う。
だが女はスマホを見ながらぽつりと、青年の怪談への感想を返した。
「タイマーの設定解除し忘れてただけですよ、風呂の時と同じで」
青年は恐怖した。
ドライな後輩世代に恐怖した。
昼の太陽が休憩室に、乾いた陽光を投げていた。
〈終わり〉
ろうかの怪談・・・ 私誰 待文 @Tsugomori3-0
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