第2話

結局備品の件については課長に投げた。

自分には決裁権も何もない。

わかっていて雇われている、社会とはそういうものだ。上下関係とはそういうものだ。

言い聞かせても、さっぱり憂さは晴れなかった。

残業するのもバカらしく、定時で上がってデパートに寄った。

毛玉が付いてきた靴下を何足か新調したかったのだ。

いつもの店に入り、無難な色の靴下を2足買う。

レジでおばちゃんが、袋詰めしようとして手を止めた。何かを眺めている。

「?」

おばちゃんはハサミを手に取ると、靴下の爪先のほうを優しく切った。

「ごめんなさい、すこーしだけ糸が出てたから切っちゃったわ。これで大丈夫かしら?」

出された靴下を見る。もともと暗い色だし、間違って切れた様子もない。

「大丈夫です」

「そう?良かったわーうふふ」

そのうふふに釣られて愛想笑いする。

そう言えば今日初めて笑ったかもしれない。

目頭が熱くなる。


「パパぁぁぁ遅いぃぃぃ」

玄関を開けるなりドタドタとやってくる娘。「お風呂まってたのぉぉ」

すでに上半身裸で膨れっ面する娘。

ちくしょうめ。

俺は力一杯抱き締めた。

また目頭が熱い。

リビングに入ると嫁が鍋を洗っている。

「おかえりなさーい」

いつも通りだ。

どんなに畜生な上司に畜生な扱いを受けても、ここだけはいつも通りなんだ。

娘はパンツまで脱いだ姿で走ってくる。

「はやくぅぅ入るよぉぉ」

この平和な光景を。

無条件で俺を受け入れてくれる家族を。

否定しないでいてくれる人たちを。

どんなに理不尽な仕打ちに遭おうとも、俺は守る。

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何でもない今日の出来事 @tobi-s-hd

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