何でもない今日の出来事

@tobi-s-hd

第1話

余計なことをしたと思った。


「資料のファイルが見つかりましたので、机に置かせていただきました」

そうLINEしたまでは良かった。

「この資料は明日の会議で使うものなので、人数分コピーしておいたほうがよろしいでしょうか?」

少し気を利かせたつもりの提案。

別にイエスでもノーでも構わなかった。

だがコーヒーを一口すする間に来たその返事は何とも胸くそが悪いものだった。

「紙の無駄だからやめてください」

背筋がヒヤッとするような冷たい文面。

数秒後に来たのはこうだ。

「必要と言われた人にだけコピーして渡すようにします」


出来事の良し悪しはどこまでも受け取り手の主観次第だ。

この一件だってコピーの手間が省けた、会社の経費(コピー用紙代)が節約できて良かった。

そういう側面があるだろうが俺の腸は煮えくり返っていた。

上司は年が明けてからずっと忙しそうだった。だから自分でも少しは上司の手間を減らせるようなことを提案したつもりだった。

しなくていい、というのは2択の内の1つだから酷くも何ともない。

ただ「紙の無駄だから」に関してはあんまりではないか?

それが事実でも、文字にする必要があるか?

「紙の無駄」が「そんなこと言ってくるお前の考えが無駄」に思えて仕方なかった。


悪いことは続く。

発注していた会社の備品が届かない。

今日の14時、と指定したのに。

時計を眺めてやきもきしているうちに、前述の上司が戻ってくる。

「お疲れ様です」

「おう、お疲れ」

さっきのLINEの印象とはかけ離れた、朗らかな態度。

ホッともしたし、イラッともした。

ただ話はしなければ。

「課長、14時に届くはずの備品が届いていないんです」

「14時?まぁこの天気だ、業者も遅れてるんだろう」

外は暴風雨だった。

その時課長の携帯が鳴る。

「はい、田中。あぁお疲れさん。え?備品?頼んでるけどなんで?」

話の流れから、自分の発注した備品の件だとわかる。

「あー。え、本当に?あちゃー。うん。うんそう、そっち行っちゃったのか」

備品が別フロアに届いたようだ。

「そうか。そうだね、そっちは別会計だからねー。いやーごめん、何せほら、うちの中島が発注したやつだから」

うちの中島が発注したやつだから?

別フロアに届くようなミスは当然?

中島はミスして当然の人間って言いたいのか?

デスクに上げていた発注書の控えを見る。

フロアは正しく書いてある。時間も。

「ちょっと上に相談するわ。書き替えか差し戻しか。ごめんなぁ、俺が発注すりゃ良かったなー」

俺が発注すれば間違いなかったと言いたいのだろうか。

中島に発注させた俺のミスだと言いたいのだろうか。

ミスして当然人間の中島に。

そして中島が発注したから察してくれと別フロアの人間に言うのか、こいつは。

今日ほどコロナ禍がありがたいと思ったことはない。

ひきつって閉じなくなった口元を見られずに済んだから。


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