第142話 会いたいと言われたような気がしたり

おつぼねぷりん:プリンマニアさんに会いたいって思う前に、さくっと会っておけばよかった


 あれ……?


 スマートフォンが一瞬光ったので、チャットルームを開いて確認して、手が止まった。


 これ、おつぼねぷりん、会いたいって言ってね……?


 今までのチャットでの会話をもう一度見直す。

 色々な百合の話をして。明日の仕事がどうとか話して。で、おやすみなさいと打ちあって。

 会話が終わった。終わったはずだった。


 プリンマニアさんに会いたいって思う前に、さくっと会っておけばよかった。


 二、三分、経ってからあえて追加で打たれた文字は、まるで「会いたい」と言っているみたいだ。

 いきなり心臓が動きを速めた。


purinmania:ラーメンでも食べにいきます? 駅前にできたみたいだけど


 そう打ってから、わたしの頭は静かに混乱しはじめる。ラーメン? ラーメンってなんだ。夕食後なんだから、そんなもの入らない。

 わかってる。わたしは今、わざと、色気のないラーメンという単語を出した。

 気分が色めいたせいだ! それをごまかす為に、あえてラーメンと言ってしまった。くそ。あおいというものがありながら。なんでおつぼねぷりん相手だと、こうなるんだ……。


おつぼねぷりん:ラーメンは、入らないですね……さっき夜ご飯食べたので


 おつぼねぷりんからの返信を見て、そりゃそうだ、と思う。おつぼねぷりんも夕飯後なのだ。


purinmania:確かに。食べられてもちょっとしか入りませんね。焼き鳥のだいちなら開いていそうだけど


おつぼねぷりん:焼き鳥(∩´∀`)∩


 ――前に会話に出たことを懐かしんでの、ただの相槌? ちょっと行く気になってくれてる? ラーメンを断られた時点で断られているのかもしれないが、焼き鳥なら来るかもしれない。


 行きましょう、という返事が返って来たときの為に、わたしは弾む胸をおさえながら、だいちの営業時間を調べ始めた。だいちがダメでも、様子を見ておつぼねぷりんが良さそうならファミレスを提案し直したっていいのだ。


 ラストオーダーの時間を考えると、ぎりぎりだ。


purinmania:徒歩では無理そうですね。二輪の乗り物を使うときが来たか……


おつぼねぷりん:私も、自転車なら間に合いそうです


 うん。やっぱりノってくれている! これは行かざるを得ない……! タイミングを逃したらビビりのおつぼねぷりんはまた会ってくれなくなってしまう。


 おつぼねぷりんと焼き鳥!


 心臓がばくばくと音を立てるように全身に血液を送っている。急に大きなイベントが降ってわいたせいで、どうにか酸素を回し切り、間に合わせようと必死だ!


「頑張れば間に合うかな……」


 あおいの部屋のドアをノックする。


「な~~に~~?」

「あおい、自転車借りてもいい?」

「え?」


 ごそごそとドアの奥で物音がして、あおいが顔を出した。


「いまから借りたい」


 あおいは少し困った顔をした。


「私も使うんだけど」

「いまから⁉ 夜だよ!」

「人の事言えないでしょ!」


 あおいの自転車なんだから、もちろん優先はあおいだ。そんなのわかってる。でも、こんな夜中にどこへ行くと言うんだ。


「芽生は、どうせまだ乗れないでしょ。向こうも徒歩じゃないし、合わせたいんだよ」


 あおいが細い目をして言う。

 誰かと会うのだ。今から。


「相手、自転車なの?」

「うん。……う~ん? いや、わかんないけど。自転車かバイクだと思う」


 …………。


 バイク。

 あの女か。


 むくりと立ち上がったのは、ツギの糸のほつれだった。


 黙ってしまったわたしを、あおいが恐る恐る見上げる。

 ちらりと、幼児の声を思い出した。「おねえさん、怖い顔すると、本当に怖い顔になるんだね!」。


 海で遊んだあとは仲良く夜景狩りか?


「芽生?」

「それ、こないだ海に行った人なの……?」

「違うよ」


 少し、いや、かなりホッとした。ホッとした後の、その次のあおいの言葉でわたしの警戒ゲージはフルマックスになった。


「ネットの知り合い」

「……は⁉」


 思わず腹から声が出てしまう。


「なにそれ。会った事がある人なの?」

「初めてだけど」

 

 ……初見の、ネットの知り合いと、会う……⁉ こんな夜中に?


「は? は? 何いってんの⁉ まじで何いってんの? ネットの知り合いと初めて会うのが夜って、あぶなくね? おかしいから!」


 コイツ……警戒心をこないだの海で流してきた、いや、そもそも初めから、全く持ち合わせていないんじゃないか⁉


「変な人とかじゃないよ?」

「そんなの、わからないでしょ! 会ってみたら変な人だったらどうすんの」

「文章に出るよ、人格は」

「迷惑メールに騙される人どれだけいると思ってんの? なんでそんな変態さん寄ってらっしゃいみたいなことすんの!」

「だから変態じゃ、」


 そう言ったあおいの目が、ふと考えるような方向に泳いだ。


「とにかく信頼はできる相手だってば」


 口調が弱くなった。

 なんだ今の間は。変態くさいやりとりでもしてるんじゃないだろうな。

 信頼「は」できるってなんだよ。何を根拠に言ってるんだ?


 おつぼねぷりんとの会話がストップしたままだ。中途半端なところで待たせっぱなしにしては悪い。わたしはスマホを取り出し、おつぼねぷりんにチャットを送った。


purinmania:ごめんなさい。今日は無理そうです。いまからルームメイトと喧嘩すると思う


 あおいが自分のポケットに目をやった。ポケットに入れたスマホが気になるのだろう。待ち合わせしてんのか。とにかく今の時間から誘うヤツなんてヤバすぎる。絶対説得する。


「あおいがちゃんとした友達だと思ってても、相手はそうじゃないこともあるよね?」


 だいたい、相手がまともな人だったとしても、夜中に会ったのがこんな可愛かったら、守ってあげたくなるか誘拐したくなるかの二択だろ!


「なにを心配してるのか知らないけど、そういうのじゃないからね。向こう、好きな人いるから」

「そういって恋愛相談とかしてるうちに恋愛になるって、吐いて捨てるほどあるからね? 何なの」

「なんで芽生がそれを止めるの?」


 あおいの言葉に、息がとまった。

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