第143話 考え不足だろと思ったり
「なんで芽生がそれを止めるの?」
あおいの言葉に、息がとまった。
「恋愛とかの出会いだったとしたって、芽生に関係ないよね? っていうか、ぜんぜんそういう話じゃないし」
なに? なんて言った?
関係ない? わたしが関係ないって?
関係……ない。ないっけ……?
「こないだからずーっと芽生怒ってるよね。何なのって、こっちが言いたいぐらいだよ。こっちの気持ちは、芽生は何もわかってないし」
「こっちの気持ちって?」
「海で私が、どんな気持ちで願いごとしたと思って……」
願いごと? 願いごとってなんだ……?
あおいの下唇が震えている。泣きべそをかく直前のように見える。
何が言いたいのか、あおいが何を訴えようとしているのか、よくわからない。
わたしの声から棘が抜ける。あおいの目に光ったのが、盛り上がりかけた涙かと思ったからだ。
「なに、なんで泣いて」
「芽生が」
そこまで言って、あおいの手が空を切るように動いた。声を出して言葉にしようとするが、感情が込み上げてきては中断する状態にみえた。喉が、言葉がつかえるみたいにひくついている。そのままあおいは横を向いて目をそらし、自分を落ち着かせようとしてわたしを追い払うしぐさをした。
「……なに?」
「なんか、いまちょっと、変だから。いい」
「良くない」
わたしをすり抜けようとしたあおいの前に立って進路を邪魔する。
「待つから。願いごとってなに……? 言ってほしい。ゆっくりでいいから」
「芽生が、好きな人いるっていうから。うまく行くようにって。願い事もしたよ、私は?」
「え?」
「芽生と私の恋愛成就を、私がどんな気持ちでお願いしたと――」
自分の唇からひゅっと息を吸う音が聞こえた。
わたしの様子がおかしいのに気づいて、あおいが喋るのをやめた。視線が、探るようにわたしの顔面を動いている。
なんだ……? わたしの恋愛成就って。
なんだよそれ。なにそれ。
ひどくね。
いやわかるよ、善意なのは。
あおいが悪いんじゃない。この状況がただ、わたしにとってキツいだけだ。
「…………」
しかも、なんて言った。芽生と私の恋愛成就、って言ったぞ、こいつ?
「好きな人……いんの……? あおい」
体から絞り出すようにしたせいで、わたしの質問はかすれ声になっていた。
「いないよ」
「…………」
ふっと息を吐いて、ちょっとだけ吸って、わたしはその場にへたりこんだ。顔を覆って、もう一度深い息を吐く。
「余計なことすぎるでしょ……」
あおいは返事をしなかった。わたしの腹から漏れたのが底意地の悪そうな低い声だったからかもしれない。
「……願掛けとか。別にいいから。わたしのは、成就はしないよ。しなくていいし」
わたしはしゃがんだまま、体を揺らす。
「芽生……?」
「……うん……?」
目を閉じる。あたたかな暗闇がわたしの視界を包む。わたしはその中で自分のなかに閉じこもり、いま負った傷の裂けめをゆらゆらと慣らしている。
「芽生って」
「……ん~~……」
あおい的には、行ってらっしゃいって言ってほしいところなんだろう。人間関係の邪魔するなって思うよな……。最近そういう嫉妬ばかりしてるし。
芽生の恋愛成就だって自分は祈ってるぐらいなのに、何
行ってらっしゃい、気をつけてね?
いや? 無理じゃね? 言うわけなくね?
ふう、ともう一度ため息をついて、わたしはゆっくりと言った。
「やりとり、見てあげるよ」
「え?」
冷静を装うのに精いっぱいで、いつもの余裕のあるわたしに見えているか、客観的な判断ができない。でもこれだけは言える。感情はあとだ。
お互いの恋愛を応援しあうような関係でいたいと、あおいは思っている。それをわたしがどう感じるかは、また別の話だ。いまはそれ以上の大問題がある。
あおいが危険な目に遭いそうなことを、わたしが笑って「いってらっしゃい」でスルーするわけないだろ!
「ネットの知り合いと会うんでしょ。メールとかあるんでしょ? やりとり、変な人じゃないか見てあげるから」
返事がないので見上げると、あおいは眉をしかめていた。
「見せて?」
「やだよ」
「心配だから言ってる」
あおいは子供じゃない。判断するのはあおいだ。知ってる。
「見せない」
あおいの言葉は強くはっきりとしていた。
「なら一緒について行く。それならどうかな。いい……?」
「良くない。ついてこられたら困る」
「だったら、せめてやりとりしたの見せて? ね?」
ここまで言えば、いつもなら、ええ……? と嫌がりながら、仕方なさそうに折れて見せてくれそうなのに、今回のあおいは一歩も引かなかった。
「見せない」
知ってるよ。本来こいつはものすごく強い意志と我を持ってる。普段は出さないだけだ。こういう目をしているとき、あおいは引かない。
「個人的な相談内容とかも入ってるから、困る」
「引いてはくれないか」
玄関まで行き、わたしはドアにチェーンをかけた。扉の前に椅子を置き、その上に膝を抱えて座り込んだ。
「じゃ、わたしもここを退かない」
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