第146話 食事にいくことになったり

 トイレ周辺を探したが、小林まどかを見つけることはできなかった。仕方なく戻ると、すでに小林は私の机の前に仁王立ちしていた。


「すみませんでした……」

「あなた、今日仕事が終わったら、このまま帰って何もないかのように寝るわけよね? 今日の一件を忘れて、反省もせず」


 ねっちりと小林は言った。

 

「反省します」

「どうせ反省しないわ」

「…………」


 反省しようと思っているところにこう来られると、うまい返事ができない。昔から、けっこうなミスを小林にフォローしてもらっている。これ以上言われても、気をつけますとしか言いようがない。

 気をつける……つけるには。

 疲れている時こそ二重三重にチェックをするとか。恥を忍んで誰かにダブルチェックを頼むとか。なにか間違いを見つけるようなパソコン上での工夫をするとか……あとは何だろう。


「改善できる方法を考えてきます」

「一人でただ考えてみるだけなの?」

「…………?」


 ミスを防ぐ方法を考えて、あとで報告しろってことだよな、これ?

 

「考えてくるので、後で、相談に乗ってもらえますか?」

「だからね、何か食べにいきましょうか?」


 え?


「今日、予定はないわね?」


 湿度のこもった声で小林は言った。

 今日は、確かに予定はないけど。うわ、マジか。小林まどかと反省会か……?


「ないわね?」

「ないです。ご一緒させていただきます」


 家で反省しますので。今日は予定があって。

 そう言っておけばよかったのかもしれない。行くと言ってしまってから、急に胃が重くなった。

 

 ――会社の先輩と食べることになった。ごめん、今日は夕飯別々になる。


 トイレに立つタイミングで、すぐに芽生にLIMEを送る。ちらりと、芽生の『は⁉︎』という声が聴こえるような気がした。「ネットの知り合いと会いそびれたリベンジ」を疑われそうだ、と思ったのだ。

 が、返信はただの「了解」のスタンプだけだった。

 



 


 あのお色気ムンムン美人は誰だ……?


 エレベーターホールで待っている女性を二度見して、それが小林まどかだとわかった時、驚くと同時にすぐに「小説書きたい」モードが立ち上がった。


 いつも後ろでシニヨンにしていることが多い髪を、小林は珍しく下ろしていた。少し巻いてある艶々とした黒髪。Vネックの胸元はいつもより広めに開いていて、胸が見えないようにきっちりと黒レースのタンクトップで押さえられている。制服を着替えてもいつもは髪型を変えないのに、両方変わるとだいぶ雰囲気が違う。仕事中も髪を下ろしていたほうが色っぽいのに、と思う。

 この髪型、いいな。似合ってる。次に「イジワル★性悪! おつぼねレッスン」を書く時には、この髪型でマサコを書くか。デスクの上に足を組んで座って、ねっちょりしたいやらしい目つきで、言うのだ。


 ――それで反省は済んだの?

 

「それで反省は済んだの?」


 ちょっと吹いてしまいそうになった。リアルで言われたセリフが頭の中で重なりすぎた! 気を引き締める。

 

「これからです。遅くなってすみません。どこで食べますか?」

 

 一応、終業後までにスマホでいくつか会社近くの店を調べておいたが、開いておいたページを小林に見せようとすると、


「こういうときの為の、おすすめのお店があるから」


 といって小林は私を制した。


「おすすめの……」

 

 連れていかれた店に書かれた暖簾の文字を見て、やられた、と思った。小林……これがやりたかっただけだろ⁉︎

 暖簾には「ふぐ」「活魚」と太い筆文字でくっきりと書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る