第138話 思わず文字のやり取りに気持ちを込めたり

おつぼねぷりん:こんなんで、文章なんかアップしていいのかなって


 おつぼねぷりんがそう書いた時、わたしの頭に浮かんだのは、ハテナだった。


purinmania:こんなんとは?


おつぼねぷりん:どんな下手な文章でも、作って公開する以上は、影響というか。責任があるはずなのに。ものを書いたりする側が、こんな適当で、ものごとをわかっていなくていいのかって。考えが足りなすぎて、何かを発信していい状態には全然満たない。自分が書いたものを人に読ませるのも不安になってしまって


「ん……?」


 おつぼねぷりん、そんな何か、主義主張的なことを、書いていたっけ? 作品増えた? 新しいエッセイでも書いた?

 投稿サイトを見直したが、彼女のページにあるのはやっぱり例の二つの小説だけだ。プリンエロ小説と変態お局小説。


 あの変態お局小説と、プリンエロ小説を書くにあたって、そこまで「社会的な影響」だのを考えているとは思わなかった。


 アップしていいのかって、どのへんがだ? 

 考えが足りないと発信してはいけないような難しいモノ、おつぼねぷりん、ひとつも書いてなくね!?


 あのプリン小説は、プリン好きにはたまらないし、わたしにはクリティカルヒットをかましてくるが、どちらかというと大衆娯楽小説といった雰囲気だし。

 影響――、影響は、確かにあるといえば、ある。爪楊枝でわたしの新しい門を開くという……。


 そのまま、書こうか迷う。悩むのは、勿体ないように思う。伝えてあげたほうが、楽に小説書けるようになる……?


purinmania:何も、あのタイプの小説でそんなに考えなくても、


 そこまで入力して、手を止めた。

 入力したメッセージを消す。


 この書き方はまずい。「あのタイプの小説でそんなに考えなくても」……? 言い方を間違えると、エロ小説書いてるだけでしょうとか、萌え小説書いてるだけでしょう、と馬鹿にしたみたいになる。

 いくら何でも、さすがに失礼だ。なんてこと書こうとしたんだ! 

 それで書きやすくなるなら……書きたい。書きたいが!


 おつぼねぷりんは、考えて書いている。ヒロインの嫉妬での牛鬼化。あそこまでぶっ飛んだ話、適当なら逆に、書けるはずもない。そもそも、あの牛鬼化、カルメンが元ネタでないというなら、おつぼねぷりん自身の恋愛体験であるかもしれないのだ。


 おつぼねぷりんは前に、好きな相手のそばにいる自分を表す単語に「化け物」を使ったことがある。


「私は、隣にいる、化け物に見えた」

 

 そう書いたのだ。


 数秒、目を閉じたのを覚えている。

 他人から自分に向けて言われれば、怒りを感じる単語に違いない。同性を好きだからといって、化け物扱いするなよ、そんな時代と違うだろ、と。

 おつぼねぷりんからその言葉が発されたとき、怒りは感じなかった。

 当事者の言葉だったからだろうか。同性愛そのものに対してではなく、感情をコントロールできない自分に対しての言葉だと、感じたからだろうか。

 生傷を抉っているのを見るような感覚だけがあった。


 化け物。

 自分をそう感じてしまうような環境にいたのだろう。


 周りの視線が体を覆い囲み、鈍い針になって柔らかな皮膚をじわじわと刺しているのが急に感じられるような、生々しい幻触。逃がし場所のない痛みと居心地の悪さに心臓がずきんとした。その鈍い針は、おつぼねぷりんの言葉を通して、わたしが昔感じたことのある感覚を、勝手に追体験したものなのかもしれなかった。


おつぼねぷりん:こういうの、ほんと自分でも嫌なんですけど、いろいろ話して、プリンマニアさんに嫌われるのも、イヤだと感じちゃったんですよ。そういう感覚自体、ああ、だめだなって


purinmania:おつぼねぷりんさんって、なんていうか、素直すぎますね


おつぼねぷりん:そうですか?


purinmania:なんだか、大変そう


 あなたに嫌われるのがイヤだ、と。

 ストレートに言われたことに、面食らう。わたしだったら、そう思っても伝えないだろう。おつぼねぷりんにだって言わないだろうし、あおいにも言わない。重いだろうから。

 この人は、懐に急に飛び込んでくるようなところがある。 

 

 おつぼねぷりんは、わたしがおつぼねぷりんに対して抱くのと同じぐらいには、いや、むしろもっと多めの感情を返してくれているような感じがする。


 なぜ急に思い出したのだろう。カムアウトしてきたおつぼねぷりんの、途切れ途切れの、無理に押し出された言葉を。あのタイミングで無理に話してきたのは、わたしを傷つけたと思ったからだ。恐らく、謝るため。


――このまま帰ったら、プリンマニアさんに話さないままでまた時間が経っちゃうから。変なこと、書いたの、

――自分の中の問題なのに、プリンマニアさんにあんなこと書いて、このままは、いやだから。


 わたしの前で、自分自身に無理を強いて、話してきた。言葉は短く途切れて、だんだんと、こちらの心配を煽るようなものになっていった。駅のホームにひとり、メッセージを打っていた彼女が、「震えがきてて」と書いたとき、おつぼねぷりんが生身の人間であるのを実感した。

 あの時点で、作者と読者の繋がりというより、わたしにはもっと重く感じられる「人間」になっていた。


purinmania:言動に出る前の熟考が要るっていうのは、あるかもですけど。そんなの、わたしだって実際に同じ状況になったら出来るかどうかわからないし。適当な人はここまで悩まないのでは? 


 おつぼねぷりんへのフォローを入れたあと、わたしは、いつかは絶対に伝えようと思っていたことを、伝えることにした。


purinmania:それは、それとして。わたしは、おつぼねぷりんさんの小説好きですけど


 わたしは、プリン小説が好きだ。プリン好きのための小説を書き続けているという、特異性も好きだ。

 おつぼねぷりんの小説が好きだ。文章が拙くても。展開が変でも。なぜ好きなのか、自分でもわからない部分もある。相性のようなものかもしれない。


purinmania:小説は、作家の性格云々より、内容が好きなものを読んでますし

そもそも、おつぼねぷりんさんの作品でわたしが好きなのは、プリン描写が好きなのと、あと、共感するからとか、萌えるからっていうのが、一番の理由だし


おつぼねぷりん:ありがとうございます


 そう。わたしは、小説自体が好きだ。昭和の文豪の小説も読んできて、まさか自分が、視点がブレブレのWEB小説に今さらどっぷり浸かるとは思わなかったが。書くものと本人が違うことくらいは理解している。

 ここまでは、嘘ではない。

 

purinmania:「おつぼねぷりん」は素晴らしくてもいいだろうけど屑でもいいです。いい人が書いた退屈なものより、屑が書いた良い小説があるなら、わたしはそっちが読みたいし

 

 ここだけは、少しだけ、いや、だいぶ、本音からずれていた。

 小説と本人は、違う。違うけれど、それが生み出された背景には、意識が行くことがある。本当はわたしは、作家のルーツを探ることがあるくらいには、書く人への好奇心を持ち合わせている。

 

 おつぼねぷりんとチャットを続けてみて、こういう人でなかったら、わたしは、交流を続けただろうか?

 どんな性格でも、嫌いになんてなるはずありません。

 大嘘だ。

 小説を読んでいたときに、わたしはそれはもう、明確に、「これを書いたのはどういう人だろう」と思いを巡らせていた。おつぼねぷりんに対してだけ、特に強く。 


purinmania:あ、言っておくけど、おつぼねぷりんさんが屑だとは思っていませんよ


おつぼねぷりん:はい


purinmania:小説書く人が屑なんて事例はいっぱいありますし。おつぼねぷりんさんを見てると、小説を書く人が、人間的にばかみたいに素晴らしい必要はないって思うんです


 まるで嘘をつくかのようにすらすらと、文章が出てくる――おつぼねぷりんが「ばかみたいに素晴らしい」必要はない。それは確かだ。そうなんだけど。

 わたしは、リアルの小説好きの友達にだったら、こう言っただろう。


「昔の文豪ならともかく、心酔したWEB小説作家があまりにもイヤなヤツだったら、交流はしない」と。


 もしわたしが、おつぼねぷりんの性格を嫌いになれば、明治や昭和の屑が書いた神作品は有難がって読み続けていたわたしでも、小説を読んで感想を書いてといった生身のやりとりまで続けていたとは、思えなかった。


 今の時点でわたしは「書くおつぼねぷりん」を充分リスペクトしている。たとえ一つのことで意見が分かれたところで、いまさら簡単におつぼねぷりんを嫌いはしない。


 ただ、現実の彼女を見てもいないくせに、「尊敬してます、文章から見える人柄も好きです、大丈夫です!」、そう言って、おつぼねぷりんが安心するかは別だ。わたしなら、勝手につくりあげられた想像上の自分を支持されたと感じる。かえって信頼を損ねるだろうし、無駄なプレッシャーを与えるだろう。

 わたしにとってはぴったりの気持ちの表現でも、おつぼねぷりんに伝えれば、過剰だろう。この気持ちが、おつぼねぷりんの負担にならない形でまっすぐに伝わる自信は、まったくない。

 だから、わたしは、「小説が好き」な気持ちと、おつぼねぷりんが好きな気持ちは、切り離して伝えたかった。


purinmania:あ、おつぼねぷりんさんが屑とは、本当に言ってませんからね


おつぼねぷりん:二回言わなくていいです!w


purinmania:そもそもわたしが屑ですし


 おつぼねぷりんを屑でもいいと思っているのも建前だったし、屑だなどと思ったことも、なかったけれど。

 ずっと、小説を好きだということはコメントしてきたけれど、そうじゃなくて――隣にいる、一対一の友達に伝えるように、言っておきたかった。小説を書いていなかったとしても、もう、仲間として、一人の人間として、充分に好きなのだと。多少間違えることがあっても、怖がりで自分を出せない部分があっても、それでもおつぼねぷりんが好きだと。その本当の気持ちだけは、伝えておきたかった。


――読者としてじゃないことを言うと、わたしは、あなたが好きです。


 おつぼねぷりんの、できあがっていない価値観や、出し切っていない感情の吐露を、もっと見せて欲しい。それがまだ何の覚悟もない、考え中の、穴だらけのものであっても。

 わたしに聞かせてほしい。わたしはそれを、自分だけに話してくれたことを、馬鹿みたいに有難がるに決まっているのだ。

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