第139話 本当は仲直りしたかったり
カーテンを開けて、目に飛び込んでくる朝の日差しに目を慣らす。
焼きおにぎりをレンジで温めていると、背後でドアの開く音がした。
こっちからは話しかけない、話しかけないぞ……。
目を合わせてから無視するほど、意地悪くはない。が、振り向いて芽生に笑顔で挨拶するほど気が良いわけでもない。レンジのおにぎりが温められていくのをじっと見続ける。
顔を洗おうと思ったのだろう。芽生は何も言わずに洗面所へ行ったが、何もせず戻ってきて隣に立った。
「…………」
ああ、そうやって黙って、何をするでもなく真横に立たれたら、話しかけたくなってしまう。自分から話しかけないと決めたのに。こっち見てるし!
話しかけない。話しかけないから……。
「焼きおにぎり、好きだね」
「うん……!」
すぐに返事をしてしまうあたり、結局、仲直りしたいのは私なのだ。
「リスみたいに食べてるよね、いつも」
この期に及んで、言うことはそれか。
私の唇から漏れた深いため息の八割以上が安堵の感情だということを、芽生は気づいたのか、気づいていないのか。顔を寄せて来て、一緒にレンジを眺めている。意味のない会話を捻り出した感がありありだ。
「好きだよ。毎日食べてると思う」
「うん。毎日それ見てると思う」
頬がカッと熱くなった。
「毎日食べてもいいよね、焼きおにぎりは」
「焼きおにぎり、食べすぎ、で検索してみようか?」
やることもないのに、わざわざ近くに留まって言うことでもないだろう。仲直りしたいと思ってくれている……?
「それなら、許してあげなくもないけど」。……ツンデレものに出てくるこのセリフに今ほど納得したことはない。
跳ねのけたいような反発と、飛び跳ねたいような嬉しさと。本来混じりあわないモノが無理に混じりあった、絶妙なハーモニー。
どっちも跳ねる系の感情だから勢いがつくんだな。わかるわ。抑えようとすると憎まれ口になる。自分に起こると、結構どうしようもないな、これ。
抑えろ。最近、芽生の一挙手一投足に心を乱されすぎだ!
あと五秒というところでレンジの扉を引っぱり、おにぎりを取り出す。芽生は私の手元をじっと見ていた。
「音鳴る前に止めるんだ?」
「芽生が近くにいる時はね」
「わたし、そんなに神経質そう?」
神経質そうって言うか、神経質だろ。
「私から見ればね」
不穏な会話を仕掛けてしまった。横目で様子を伺うと、芽生はしかめた眉頭を指先で揉みほぐしていた。嫌味っぽいことを言ったな、と思う。
「どうしたら……」
「なに?」
「どうしたら許してくれる?」
許す……?
「私は怒ってない」
「そう……?」
「怒ってたのは芽生だよね?」
いや、私も怒ってる。芽生はそれを感じ取ってる。わかってる。私は、「芽生が怒ってる」ってことに怒ってる。わかってるけど。
芽生のそばに寄っていく。顔を近づけてイーッとしてやる。芽生は挙動不審に後退った。
「私も、あおいに怒ってない」
「鬼みたいになってたよ?」
今朝の私はだいぶ意地が悪い。
「鬼って」
「鬼だね。鬼とか山姥のたぐい」
それか、牛鬼な。
「ごめんって」
コーヒーを入れるために芽生から少し離れようとすると、引き止めるように芽生が私の肩に手を乗せた。驚いて振り向くと、いつもより近い芽生の顔があって。
なんでこいつは、朝からこんなに、私なんかに振り回されてるんだろう。私はどうしてすぐに、いいよと言わない? これじゃ、芽生に構って貰いたいみたいだ。
「ごめんって」
心底弱ったような声を芽生は出した。
「昨日、心配してくれてたの、わかってたし……。昨日はわたしがダメだった。スポドリ貰ってお礼も言ってなかったけど。ごめん。怒ってはいないから」
芽生の凄いところは、こうやって、なるべく早く伝えてこようとするところだ。感情が落ち着いて状況さえ整えば、即フォローを入れてこようとする。最近特にだ。前はそうでもなかったのに。
そういえば、あの時も、わざわざすぐに伝えようとして、芽生は風呂の前に居座った。
どれだけ迷惑かけてもいいよ。迷惑でいいよ。一緒にいてくれたら。
聞こえてきたのは声だけだったが、こうやって向き合っていると、浴室の外で、芽生はこういう目をしていたのではないかと思えてくる。
私の事を、ちゃんと、ある程度――大切にしようとしてくれている目。
もくもくと顔が熱くなってきて、私はいったん目をそらす。
「こっちこそごめん。怒られて、拗ねてた」
ちらり、と。昨日プリンマニアに感じた混乱に思い当たる。芽生を好きになりたくなくて、プリンマニアに少しだけ感じたものに無意識にのっかろうとしているのなら、そんな自分は嫌だな、と。
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