第137話 文字で思わぬものを打ち込まれたり
プリンマニアに、どういう流れになったのか、何を言われたか、何を口走ってしまったかを全て話す。
しばらくしてから、プリンマニアから、ぽつんと返信があった。
purinmania:そういうやりとりになってたんですね
おつぼねぷりん:私のせいでそういう話になっていって、申し訳なくて
purinmania:正直、誰かのセクシャリティを勝手に想像して人に言うっていうのは、迂闊だったと思います。もし本当に、職場での配慮を求める相談が、本人からあったんだとしても。「どの範囲までの事を、誰に話していいのか、どうしてほしいのか」を本人に確認してからだと思うんですよ
プリンマニアは、こういうときは、きちんと考えた上での誠実な返信をする。ただ全肯定するだけのような返信はしてこない。
おつぼねぷりん:そうですよね
purinmania:周りへの話し方は、ほんと、下手すると
一瞬の間が空いて、追加で文章が入ってくる。
purinmania:死ぬから
purinmania:人が
プリンマニアの打つ文字。とまどいがちに、言葉をえらんで、文節を切って、迷いながら打ち込まれた文字を見て、私がこの人に初めにカムアウトしたのは正解だったんだと思った。無理やり捻り出した告白ではあったけれど、この人で正解だった。
私自身、誰かからレズビアンだと勝手に広められたらと思うと、心臓がきゅうっと痛くなる。言いふらされた状況によっては消えてしまいたいと感じるだろう。当事者のプリンマニアさんに自分から話したあとですら、だいぶキツかった。
本来は、誰が誰を好きになるかなんて、報告の義務もなければ、どうこう言われる筋合いもない。ないけれど――「誰にどう思われようとかまわない」と胸を張って生きられるほど、周囲の目など気にせず平気でいられるほど、私にとって、周囲にいる人間は軽くはなかった。
周囲の人間の目、それは、会社や親や、いつも一緒にいる芽生の目であって、知ったとたんに怯えかねなかった唯花の目であって……。
どんなに世の中の理解が進もうと、ただ一人、その人に否定されたら自分が脆く崩れてしまう。そう思えるほど、大切な人間の目だった。唯花の生きやすさと、自分の存在を秤にかければ、自分の感情の重さなど簡単に消し飛んでしまう。唯花といるかぎり、私は感情を無視して押し殺し続けただろう。
一緒にいるのをやめてだいぶ経つのに、いつしか私は、唯花の目ではなく、自分自身の視線で自分を汚していた。呼吸をするかのように自然に。プリンマニアさんにまで「この感情は喜ばれない、不毛、迷惑」と口走ってしまうくらいには。
――プリンマニアさんに話せていない事が沢山あります。チャットでのやりとりでこんなに震えるのに、会ったら、話せなくなる。
――一言も話さなくてもいいです。
――今はまだ、リアルの人には話せないです。リアルでそのままを晒せば自分を消したくなりそうで。
――まだ、もう少し。あともう少ししたら、きっと大丈夫になる気がします。それまでは、まだ会わないでいたいです。
――わかりました。行かないようにします。
話を聞いて、寄り添ってくれようとした。恐怖感を理解し、無理に分け入ってこないようにしてくれた。この人だからこそ、適当な返事をしてくるとは思えず怖かったのだ。この人だから、相談する意味もあると感じたんだ。
purinmania:相手も時期も、ものすごく選んでカムアウトするっていうの、わたしたちは、身をもって体験するけど。当事者ではない人に、当たり前に想像しろっていうのは酷かもしれない、と思うんですよ。おつぼねぷりんさんに言ってるってことは、オープンにしているんだろうから周りに言っても大丈夫、会社で対処が必要なら上に話を上げるべき、って解釈する人もいるかもしれない。本人を置き去りにしてね。自分以外の人の話をするときは、相手に理解させる相当の覚悟が要るし、なにより事前の本人の許可も、本人との調整も要りますよ
おつぼねぷりん:本当に失敗しました。プリンマニアさんが、どうにかして放っておくって言ったのがよく分かった。なんであんなこと言っちゃったんだろうって、後悔していて
purinmania:わたしのそれが、合ってるかっていうと疑問ですけどね。でも、とりあえずは、本人から聞いた話ではなくて自分が考えただけ、っていうのと、勘違いで間違った噂にしないでほしい、っていうことは伝えられたわけでしょう。せめてそれだけでも、言えて良かったのでは? なんでわたしに報告するのが怖いと?
おつぼねぷりん:チャットでプリンマニアさん宛に、言葉を出すこと自体が怖いなと。小説をネットにあげるのもそうだし
purinmania:小説の更新の遅れも関係してたりするんですか?
おつぼねぷりん:こんなんで、文章なんかアップしていいのかなって
purinmania:こんなんとは?
おつぼねぷりん:どんな下手な文章でも、作って公開する以上は、影響というか。責任があるはずなのに。ものを書いたりする側が、こんな適当で、ものごとをわかっていなくていいのかって。考えが足りなすぎて、何かを発信していい状態には全然満たない。自分が書いたものを人に読ませるのも不安になってしまって
プリンマニアからの返信がすぐになかったので、私はそのまま追加した。
おつぼねぷりん:こういうの、ほんと自分でも嫌なんですけど、いろいろ話して、プリンマニアさんに嫌われるのも、イヤだと感じちゃったんですよ。そういう感覚自体、ああ、だめだなって
purinmania:おつぼねぷりんさんって、なんていうか、素直すぎますね
おつぼねぷりん:そうですか?
purinmania:なんだか、大変そう
大変そう、という感想が来るとは思っていなかったので、返事に迷う。頭の固い考え方してるのかな……。
purinmania:言動に出る前の熟考が要るっていうのは、あるかもですけど。そんなの、わたしだって実際に同じ状況になったら出来るかどうかわからないし。適当な人はここまで悩まないのでは?
芽生はしょっちゅう、私のこと考えが足りない、適当すぎるって怒ってるから、適当なほうだとは思うんだけど。悩んだからって何をしても許されるわけではないけど、この人は、この件については、私が適当な気持ちだとは思わないでいてくれるのか。
purinmania:それは、それとして。わたしは、おつぼねぷりんさんの小説好きですけど
purinmania:小説は、作家の性格云々より、内容が好きなものを読んでますし
そもそも、おつぼねぷりんさんの作品でわたしが好きなのは、プリン描写が好きなのと、あと、共感するからとか、萌えるからっていうのが、一番の理由だし
おつぼねぷりん:ありがとうございます
purinmania:「おつぼねぷりん」は素晴らしくてもいいだろうけど屑でもいいです。いい人が書いた退屈なものより、屑が書いた良い小説があるなら、わたしはそっちが読みたいし
purinmania:あ、言っておくけど、おつぼねぷりんさんが屑だとは思っていませんよ
おつぼねぷりん:はい
purinmania:小説書く人が屑なんて事例はいっぱいありますし。おつぼねぷりんさんを見てると、小説を書く人が、人間的にばかみたいに素晴らしい必要はないって思うんです
purinmania:あ、おつぼねぷりんさんが屑とは、本当に言ってませんからね
おつぼねぷりん:二回言わなくていいです!w
purinmania:そもそもわたしが屑ですし
おつぼねぷりん:プリンマニアさんとは、屑のベクトルが違うから、軽蔑されるかと思ってました
purinmania:わたしが屑なの肯定されたし(笑)
プリンマニアの言葉を読んで、笑ってしまった。肯定したつもりはないけど、屑を肯定したことになってるな、これ。
おつぼねぷりん:すみません(笑)そんなつもりはなかったんですが
purinmania:で、それが読者としての感覚なんですが
purinmania:読者としてじゃないことを言うと、わたしは、あなたが好きです
読んでから、チャットの画面を二度見するくらいには、私はその言葉にドキンとした。
いや……、なにこれドキッとかしてんだ。そういう意味じゃないだろ。この人、好きな人いるんだから。動揺してんじゃない。
purinmania:悩んじゃうおつぼねぷりんさん、まじめだなぁと思いますけど。言葉にするのが怖いとか、もったいないです。間違っていても、言葉に出せば、話しあえますよ。わたしとの間では、そういう心配は無しでいきましょう。わたしに報告できない状態だとか、そういうのを気にして連絡をくれなくなる事のほうが、友達として、わたしはイヤですね
と……友達! 友達。そりゃそうだろ。友達。
バカか私は。何をドキドキしてんだ!
おつぼねぷりん:友達だったのか
purinmania:いまの、すごいショックなんですけど。友達じゃなかった……?
おつぼねぷりん:あ、いえ、私は友達だと思ってるけど、プリンマニアさんがそんな風に感じてくれてるのが嬉しくて、びっくりしたんです
purinmania:ショック変わらず……!!
おつぼねぷりん:友達です! 友達! ありがとうございます
purinmania:こちらこそ。今回の、色々相談してくれたの、軽蔑なんてしませんよ。むしろ、生の声が聞けたみたいで嬉しいです。更新がないほうがイヤだし
失敗したことを話しても、プリンマニアとの距離が離れなかったことに、安堵が半分。そしてもう半分は、安堵ではなくて、別の動揺だった。
purinmania:もっと感じてることを聞かせて欲しい
――もっと感じてることを聞かせて欲しい。
追加するように打ち込まれたプリンマニアの言葉は、チャットの文字に過ぎない。それなのに、私は文字が、自分に打ち込まれたような気になった。もっと言えば、プリンマニアの存在が、自分の心の中心めがけて打ち込まれて入ってきたような錯覚に陥った。
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