第131話 うまく謝れなかったり
汗の混ざった、ちょっと甘い匂い。ギュッと抱きしめたら思った以上に柔らかかった。
何してんだ、わたし。
さっきだってあおいのほうから話しかけて、もう一度謝ってくれたのに、ペットボトルのお礼すら言ってない。無言で圧をかけるようなことをして、わたしは何をやってるんだ?
あおいの存在だけどんどん大きくなって、比例するように、自分を客観視できなくなっている気がする。――自分でも何がしたいのかわからない。
わたしは、わたしは、一体、なんだ?
浴槽に湯を溜めながら、角質を柔らかくするためのピーリング石鹸を使おうか迷って、やめた。自分にある余分なものを削ぎ落としたい気分はあるが、どうせ何をしたところですっきりしない。気分がピリついているようなときに、肌までヒリヒリさせることはないのだ。
体は普通の石鹸で洗った。シャンプーしてトリートメントを揉み込んだ髪をタオルで覆って、そのままぬるめの湯に浸かる。
水筒から氷水を飲む。さっきあおいがくれたスポーツドリンクは、冷たいのど越しで一気に頭をクリアにさせた。感情に焼かれていただけで本当に暑いわけではなかったが、そういえば、自転車の練習中も家に帰ってきてからも、あまり水分を摂っていなかった気はする。
水分を摂らせるためだけに、わざわざリビングに戻ってきた。飲んでなきゃ許さない、と言ったときの目には、怒りと、わたしを心配するあおいの意志が宿っていた。
あれだけ感情的になっていたわたしに、わざわざ向かってきて。たぶん熱中症を心配してた。明らかにわたしの事を考えてくれてた。腹が立っていても、そういうところはきっちりと判断して行動に移してくる。
ヤバイ。
優しい。凛々しい。ヤバイ。だめだろ、これ。惚れ度が増していく。
謝りたい……、謝りたい。なんで、あんな態度をとってしまったのか。
湯気で曇った袋の表面を指で拭い、中に入れてあるスマートフォンのLIMEアプリを開く。対面では冷静になれないなら、文にして伝えるしかないだろう。
ごめん。ペットボトル、ありがとう。心配してくれたの、わかった。嬉しかっ
そこまでLIMEで打ち込んで、手が止まる。
――楽しかったからね! 砂浜でキャッキャウフフみたいなの、芽生とはできそうにないね!
あのバイクの女とわたしは明らかに違う。あおいと一緒にいる資格なんてないのかもしれない。
「砂浜でキャッキャウフフ……ウフフフ」
本当はただ楽しく過ごしたいだけなのに。なんならわたしのほうは楽しくなくていい。一緒に過ごすだけでいい。
「芽生とは、できそうに……」
ぎゅうとせりあがってくる胸の苦しさを抑える。
そこまで言うことないだろ……。
なんにせよ、その言葉を言わせたのはわたしだ。
――心配してくれたの、わかった。嬉しかった。わたしもあおいと出かけたいと思ってるし、ちょっと、友達として? 恨めしいというか、羨ましくなっただけだから。なんなら水でも砂でもあおいと
そこまで打って、送信する前にいったん画面から目を離す。しばらく気をそらす。水を飲んでから、もう一度読む。
わたしもあおいと出かけたいと思ってるし、ちょっと、友達として? 恨めしいというか、羨ましくなっただけだから。なんなら水でも砂でもあおいと。
なんだ? このLIME。
重いだろこれ。自問自答するまでもなく重いだろ!? 恨めしいとか書いてどうする。
友達が海で誰かと遊んだからと言って、こんな嫉妬はしない。「友達として」が聞いて呆れる。
変なメッセージを打ちかねない。今は、ダメなんだ。
LIMEを閉じて、代わりに音楽を流し始めた。
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