第132話 小説に妄想を込めたり

 服の趣味が良くて、がっちり似合って季節感もちゃんと合ってて。完璧に仕事をこなし、料理も突っ込みをいれる隙が全くない。


 ……だから、何だ?


 バカ!

 プリンバカ! プリンバカなんだよ、芽生は!!


 私はしょっちゅう芽生にディスられているが、あの茶碗蒸し扱いは芽生にとって初めて受けた屈辱だったはずだ。どうせプリンだって、完璧なプリンを作ろうと日夜くそどーでもいい研鑽を積んでいるのだ。


 パソコンを起動し、しばらく見てもいなかったプリン小説の下書きページを開く。


 ――書いてやる。

 私がどんな気持ちで芽生の幸せを願ったか、わかんないんだから、結局は芽生なんて、ただのわからずやだ。気を遣った私がばかだった。

 ばーかばーか!

 

 幸いさっきからプリン小説が書きたい。体も熱いしそんな気分だ。

 エロ小説でド変態に仕立ててやる。


 目をつりあげて怨霊みたいになった芽生が妖怪のようにスプーンをベロンベロンしながらするブリッジ……? ブリッジ、もうやったしな。

 反復横跳びはどうだ? 健康的すぎてエロさが足りないような。

 ブリッジのまま這ってくるとか? ちょっとホラーすぎやしないか? ホラーすぎるったってホラーみたいな怒り方してたんだからしょうがないだろ。

 ――この恨み、晴らさでおくべきか。そんなこと言いそうな顔してた。怨霊みたいだった。どうやってあんなの百合小説にすんだよ。恋愛対象じゃなくて調伏対象だろアレ。

 這ってくるのは……どうかと思う。テレビから這ってくるアレのパクリみたいだし。


 私のこと、えらくウザがってたな。


 ――もう……も~~、もう。


 創作上の素晴らしいアイデアを得て、思わず自分に拍手しそうになった。


 そうだ。芽生! モーモー言いながら鼻息荒く興奮してればいいよ! 人間のままだからいけないんだ。芽生なんか牛でいいわ。牛にしてやる。鬼みたいな牛。鬼と牛の、夢の……いや悪夢のコラボレーションだ。


 牛、鬼、で検索してみる。

 思った以上にヤバそうな妖怪画像が多数出てきた。

 OH……!? いや……まじでこれキツいぞ。エロにはならなくね?


 なになに。牛鬼。毒を吐く。

 芽生じゃん。毒吐いてくるし。人を食い殺すのか。やべーな。

 倒し方のコツなども出てくる。何かのゲームのキャラとしても「牛鬼」キャラが使われているようだ。弱点、の欄をクリックする。

 弱点:なし。

 ないのかよ! ますます芽生だろコレ。


 まあいいや。今回は牛の妖怪にしてやろう。弱点がないって時点でそもそも妖怪なんだよ。反復横跳びして、闘牛士にでも調伏されるがいい。あの血走った目を詳細に書き込み、息切れもしてもらわないと……。妖怪牛鬼が!


 さて。百合で怨霊化する原因ってなんだ?


 嫉妬。嫉妬だ。 


 プリン小説の嫉妬の理由なんて一つしかない――私以外の人間と、プリンを食べてきた、だ。


 あまりエロくならない題材をもとに文を作っていくので、ところどころ桜の健康的な身体の表現をいれる。

 指がキーボードを滑っていく。


 ――和美は桜の唇に触れたい気持ちをこらえた。この可愛いふっくらとした頬をうれしそうにほころばせて、私以外の人間とプリンを食べたのか。プリンだけは、プリンの時間だけは、二人だけのものだったのに。

 後ろから桜の肩をとんと叩いた桜の友達、振り向いた桜の表情。「ちょっと持ってて?」、カーディガンを当然のように一瞬友達に預ける桜……。楽しそうな、わたしといるより自然に見える桜の笑顔。

 恋のライバル憎けりゃカーディガンまで憎い。わたしに嫉妬をもたらすモノを目に入れないために、桜に言った。

「脱いで」


 うん。これでいい。今日の和美は嫉妬の権化だ。


 ――桜はドギマギした。服を脱いでほしいってどういう意味で? 和美の気配が少し近くに感じられるだけでこんなに体が熱くなるのに、


 そこまで書いて、指が止まる。


 まあ、抱きつかれて耳元で「脱げ」じゃ、そりゃ、連想はするよ? 実際、今も皮膚が熱い感じがする。

 そういうのじゃない。そういうのじゃないっていうか、まぁ、そういうのもあるんだろうけど、芽生だからどうこうじゃない。百合妄想したせいだ。


 わかってるよ。芽生は怒ってたし、そういう流れじゃないって。でも、プリンで怒ってたヤツがいきなり抱き着いてきて耳元で「あおい、脱いで」だぞ。流れなんてあったもんじゃなかっただろ? 耳元で名前呼ばれるとか、強烈だったわ。混乱したって仕方ないだろ! わけわからん。

 あんなふうに抱き着いて、本人は抱き着いたことにはケロッとしてて、ただ怒り狂ってて。私だけが変なこと想像したりしてドギマギするとか……。バカみたいだし!


 まあいいや、和美をド変態にすればバランスは取れる。


 ――桜はドギマギした。服を脱いでほしいってどういう意味で? 和美の気配が少し近くに感じられるだけでこんなに体が熱くなるのに、なにか、それ以上のことでもしようとしているのだろうか?

 しかし和美は、熱のこもったカーディガンに丁寧に消臭スプレーをかけ、桜に渡しただけだった。「風を通すようにしなよ」。

「あんたの服の手入れをしてあげ


 そこまで入力して、バックスペースで消していく。ここまで現実に寄せることはない。これじゃ百合にならない、ただの潔癖マシーンだ。消臭スプレーのくだり要らない。

 タタタタタタとバックスペースキーを押し、だいぶ消さないといけないことに気がつく。マウスで大幅に選択して文を消す。


「脱いで」

 そう言って手を伸ばす和美のまわりに、ゆらりと瘴気が立ち上っていた。

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