第133話 自分は屑だと思ったり
和美は桜の唇に触れたい気持ちをこらえた。この可愛いふっくらとした頬をうれしそうにほころばせて、私以外の人間とプリンを食べたのか。プリンだけは、プリンの時間だけは、二人だけのものだったのに。
後ろから桜の肩をとんと叩いた桜の友達、振り向いた桜の表情。「ちょっと持ってて?」、カーディガンを当然のように一瞬友達に預ける桜……。楽しそうな、わたしといるより自然に見える桜の笑顔。
恋のライバル憎けりゃカーディガンまで憎い。わたしに嫉妬をもたらすモノを目に入れないために、桜に言った。
「脱いで」
桜はドギマギした。服を脱いでほしいってどういう意味で? 和美の気配が少し近くに感じられるだけでこんなに体が熱くなるのに、なにか、それ以上のことでもしようとしているのだろうか?
「脱いで……」
そう言って手を伸ばす和美のまわりに、ゆらりと瘴気が立ち上っていた。
「……ヌゲ……!」
「! いつもの和美じゃないッ……!?」
鼻息荒く、目は血走っている。
「モ〜〜〜……! モファァ〜〜!!」
いつのまにか、和美の姿は牛へと変貌していた。
「カーディ……ガン……!」
「脱がせたいの?」
桜はカーディガンを脱ぐと、ひらりと和美に振った。その布の動きを見て牛は獰猛そうにぐるんとかぶりを振った。
「フー、スー……、フモォォォオ!」
「もしかして、カーディガン、見ると興奮する?」
カーディガンをふわふわと揺らして見せる。
どこからか、高らかな音楽が鳴り響き、闘牛士のテーマ曲が流れ始める。
「フモッ……オマエノ、オマエノ、スベテニ……コウフンシテイル……!」
「エッ……」
桜の体が焼けるように熱くなった。和美の体からは、牛とは思えないほどのフェロモンが漂っていた。
「ホシ……イ……、オマエガホシイ……」
和美の口から放たれた言葉は桜を狂わす毒となって体を巡った。この毒はなんだ。和美から滲み出た毒なのか。それとも、桜自身の中に潜んでいたのか。妖しい瘴気の中で、陶酔が脳を覆っていく。熱い……、和美になら、貪り食われていい。このまま飲み込まれたい。
「おいで、和美? 来て……」
言ってしまってから、我に返る。私は食われてもいいかもしれない。でも、あとに残された和美はどうなる?
鼻息が荒くなった和美は桜にとびかかった。
すんでのところで和美をかわした。
だめだ。私がいなくなったら、和美はどうなる。牛の体で一人で泣くのか? 一人で、いや一頭で、和美を遺して逝くわけにはいかない。
桜の華麗な身のかわしに翻弄され、和美の息はさらに荒くなり、顔が赤くなっていく。どんなに横跳びしてもなぜか桜を捕まえられない。
「モ〜、モフゥ~~、アヅイ……!」
和美はついに服を脱ぎ、全裸になった。
「人に脱げって言って、自分がぜんぶ脱いじゃうの?」
「オマエモヌゲ~~! モ~! モ~!」
闘牛士の歌が高らかに歌い上げられる中、全裸で反復横跳びをする和美は、一時間もすると動きがかなり鈍くなってきた。ときおり、様子が切り替わる。
「水でもどうぞ? 可愛い牛さん」
取り返したい。いつもの優しい和美を取り戻したい。
「モゥォ……そういうの、要らないカラ! も~、フモォォォ!」
飛びかかってきたのを、今度は避けなかった。押し倒された桜は懐からスプーンと瓶詰めプリンを取り出し、荒ぶる牛の口にプリンを突っ込んだ。
ソイヤッ!
「もげっ」
牛鬼は目を見開く。
その表情がプリンのようにとろんと優しくなった。
「モファ……」
鼻息だけの音がフーフーと聞こえる。彼女に必要なのは、水ではなかった。たったひとさじの甘さが、身体に広がった。鬼の目に涙が伝う。
「フー、プリン、フー、うま……」
まだ、甘い日常があるではないか。繋がりがあるではないか。たった一回他の相手とプリンを食べたことがなんだろう。大切な桜との日常の甘さを取り戻したい。ひとさじでいい、たったひとさじでいい。
涙に濡れた和美の瞳が、桜をとらえた。
「さ、桜……?」
プリンはついに、桜のもとに、和美を呼び戻したのだ。
なに!? なんで?
そろそろのぼせる、というあたりで入って来た通知音と、久々のおつぼねぷりんの小説更新。読んでいくうちに完全に意識を持っていかれた。
なんでコイツは、このタイミングでこういう小説を書いてくるんだ。
プリンだけは、プリンの時間だけは、二人だけのものだったのに。
マジでこれ! わかりみが深い! というかさっきまさに感じたのが、これだった。おつぼねぷりん、エスパー……なのか? 生き別れた双子の姉妹かなにかか?
シンクロしすぎじゃね!? 狭い風呂で一人でシンクロナイズドスイミング踊るぞゴラ!
いや……すげーな、おつぼねぷりん。自分以外とプリン食べたってだけで、ここまで妄執するキャラ見たことねーよ。自分以外に。
おつぼねぷりんの文章は初期の頃と比べだいぶ上達してきていた。それでも、ツッコミどころは満載だった。
途中まではやたらと牛の妖しさが強調されていたのに、徐々にあっさりし始めた後半。無理やりゴールへ持って行ったのがまるわかりの展開。ちょくちょく駄洒落を突っ込んでくるこの壊滅的なセンス。「
甘いプリン小説だったのに、いきなりヒロインが牛になるのもどうなんだ。主人公クラスの和美の「モファァ〜〜!!」とかねーだろ。キャラが壊れるとか、どうでもいいのだろうか。
そしていつもどおり、いきなり出てきてすべての問題を一気に解決するプリン。わけわからん。
ソイヤッ! じゃねーよ。なんの祭りだ。
それでも、この和美の怪物化は、わたしにクリティカルヒットした。
あおいが他の人と仲良くしていただけで屑な対応をしたわたしに。
素晴らしい。おつぼねぷりんが、嫉妬に狂う和美をなぜ「牛」にしたのか。実に考え深い。闘牛士のテーマ、という言葉が入っている。これは、あの「カルメン」と深層で繋げたのに違いない。
破滅的な恋愛ものとして歴史に残るあの名作は、いってしまえば「ストーカー殺人もの」だ。カルメンで描かれる闘牛士の行進や歌のシーンは、嫉妬で荒ぶる心と、生と死のどちらに転んでもおかしくない、恋愛の危うさをも表現している。愛する女をイケメン闘牛士に奪われる段階になって、ホセは女の命を奪ってしまう。まるでイケメン闘牛士の代わりに自分が牛を仕留めるかのように。
初めは真面目な、普通の人だったのに。
たったひとさじでいい、か。
それも事実なんだよ。
久々に読んだおつぼねぷりんの小説は、いつも通りエキセントリックが過ぎる。なのに、わたしには共感しかない。
ああ、いつものおつぼねぷりんさんだ。
安心感を覚えながら、わたしはコメントを入れた。
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