第129話 お土産を用意してキレられたり
「芽生のプリンって、なにか入れてる?」
「え……?」
芽生の表情が固まった。
「なにかって……?」
「食べた感覚が普通のプリンと違うって話をしたら、茶碗蒸しじゃないかとか言われて、」
みるみるうちに変わった芽生の顔つきを見て、後悔し始める。
「わたしのプリンが……なんだって?」
ヤバい。いま、なんか言い方悪かった? 悪かったよな……? なにか、ヘンなところをつついてしまったようだ。完全に怒った顔に変わったぞ。
「それで、違うよって……」
だんだん声が小さくなってくる。失礼なことを口走った実感が湧いてきた。
「なにか、入ってるのかなって。隠し味?」
「わたしのプリンは茶碗蒸しじゃないから!!!!」
芽生の怒りが爆発した。
「わかってるってば!」
「何なの!」
「待って、ただの話の流れだから。プリンなのはわかるってば。お酒とか? なにか隠し味とか」
「話の流れとか聞きたくない。どんだけ、どんだけ長く話とかしてんの?」
ああ、ああ〜〜。やっちまった。
頑固シェフを怒らせたみたいになってる。芽生のプリンに文句があるわけじゃないのに。完全に聞く耳持たないモードだコレ。
「わたしのプリンは、好きで作ってるだけだし、別になにかと比較してもらわなくていい」
「お店のと比較しても芽生のプリンは美味しいってば」
「そういうの、要らないから!」
キレのある……というか、まさにキレてる言い方で芽生は私の言葉を一蹴した。
要らないじゃねぇ、話を聞いてもらわないと困るんだ。
「芽生ってば」
袖を引いて、芽生の顔を自分のほうに向ける。
正面から、真っ赤になった目が私をみていた。怒りすぎて泣きそうになっている芽生の目が。
「め、」
そのまま抱き込まれた。
芽生の手が掻き抱くように私の頭を抱え、ぎゅうと締め付ける。
「あおい……」
耳元で芽生の声と息づかいを聞いたせいで、心臓が飛び跳ねた。遅れて、プリンを食べている時とは比較にならないほどの爆発的な熱さが体中を駆け巡る。
「ふっ、」
ちょっと待て、ちょっとなんだよこれバカ! わけがわからなさすぎる。顔が熱くて何がなんだかわからない。
「芽生? ちょっ、と」
「あおい、脱いで」
耳元で、芽生の声が、息と一緒に届き、ドクンと身体中の血が一気に脈打った。
「え? なに?」
脱ぐ……? は……?
聞き間違いか?
いやいや! そういう……そういう意味じゃない。いきなりの発言に、脳が解釈を間違えそうだ。抱きつかれてるからって、そういうふうに解釈すんなよこの百合脳が。
これは何か? 罰ゲーム的な……プリンをけなしたヤツは、罰として全裸でブリッジしろとか、やっぱり、そういうやつなのか?
「脱いだあとの、完成図って、どういう感じ……?」
「完成図? は?」
は? って何だよ。「は?」はこっちのセリフだ。
「このジャケット」
芽生は私の襟元に顔を埋めたまま、低い声で言った。
「ジャケットの着方おかしい」
着方おかしい、という言葉が呪詛のように響く。
なんだ? ジャケットに文句つけはじめた?
「部屋のなかで見ると、ものすごく暑苦しい……!」
「ええ……!?」
「悪いけどジャケット脱いで。ジャケットが悪い。全部、あんたのジャケットが暑苦しいのが悪い!」
芽生を思いきり押し返した。
「なにいきなり!」
「いまの季節にぜんぜん合ってないし!」
「わかったよ、脱ぐよ!」
わけわからん! ジャケット脱げばオーケーってことか? 十月下旬で革のジャケットなら合ってるだろ。むしろ十月から十一月に着ないでいつ着るんだよ。
私の脱いだジャケットを受け取って、芽生は黙り込んだ。ふいと目をそらし、私から体を離した。
脱衣所からハンガーを持ってきて、ジャケットをかけ、消臭スプレーを吹きつけてから襟元の毛皮部分にブラシをかけて手渡される。
「……風を通すようにしなよ」
「ほんと、わけわからないんだけど。いきなり怒るし!」
「服の手入れをしてあげてるだけだから」
棘のある口調で恨めしそうに芽生は言う。
ヲマエは私のお世話係か? 私の管理者か?
ジャケットをテーブルに一度置いて、文句を言いかけたとき、
「ごめん」
芽生は自分の顔を手の平で覆い、揉むようにして謝った。
「ごめん。悪かった。……ちょっと暑さでやられてるっぽい。マジごめん」
革ジャンは今の季節に着るものだと思うよ、と言い返そうと思ったが、珍しく本当にやられている様子の芽生を見て、冷静になる。
「暑いの?」
室内熱中症かなんかか?
冷蔵庫からポカリを出して芽生に渡し、エアコンをつける。
十月とはいえ、昼はそれなりに日差しもあったから、部屋が暑かったのかもしれない。
こいつは普段、水かお茶しか飲まない。清涼飲料水の類はダイエットの敵だと思っている。しかも節約家なので、夏でも一人でいる時にあまりクーラーをつけない。秋口に陽が落ちてからエアコンをつけるとか、芽生にとっては禁断の快楽なのだ。
必要なものにお金を使わないなら何の為に働いてるっていうんだ。
こいつギリギリまで我慢するからな。老人になったら真っ先に干からびるぞ。
「ごめん。見るだけで嫌だったんだよ……」
「びっくりしたよ。全部脱げとか、そういう話かと思った」
「え?」
芽生は目を丸くした。
「裸で腹踊りしろとか、ブリッジしろとか、罰受けさせられるのかと思った」
「あ、え、ああ、そういう? そういう罰みたいなの、してって言ったらしてくれんの?」
「ふざけんな」
しねえよボケ!
しかし、言われてみると、火照って籠った熱は確かにジャケットが倍増しさせていた感はある。体中が熱い。
「いいや。どっちみち脱ぐし。砂だらけだし、シャワー浴びてくる」
芽生がぴたりと止まった。
「砂?」
「海であそんできたから」
芽生は玄関に目をやり、私のブーツから砂が
「はぁ!?」
「はぁ!? ってなにがはなの!?」
はぁ? の返し、好きじゃないんだよ。せっかく仲直りしかけても、その言葉だけでかちんと来る。
「靴下も玄関も砂だらけだし」
「玄関の砂はちゃんと掃除するつもりだったよ、芽生がいきなりブチ切れなければね」
確かにプリンの件は失礼な事言ったのかもしれない。にしたって、話聞けよ! 人のジャケットにケチつけたり、何なんだ。プリン渡してから掃除だってするつもりだったのに!
ほんとは芽生を誘うつもりだったのに。景色だって見せたかったのに。
致命的に、こいつとは性格が合わない!
「ずいぶん楽しそうだよね?」
明らかにねちっとした、嫌味な言い方だった。
「楽しかったからね! 砂浜でキャッキャウフフみたいなの、芽生とはできそうにないね!」
芽生が愕然とした表情で私を見つめた。
「お風呂は先に芽生が入りなよ。あとで入る! 冷水でも浴びてアタマ冷やしてよ」
部屋に戻ろうとすると、芽生が私の腕を取って、引き止めた。
「砂だらけの靴下で部屋に戻るの?」
「あ゛~~……」
うっかり、メンドクサイ、という感じの唸り声が口から飛び出す。
仕方がない。人と一緒に住むというのはこういうことなんだ。当たり前のことに、メンドクサイという気持ちになった私が悪いのだ。合わせようとするのが筋だ。たとえ私がゴミ屋敷にしか住めない生物で、相手が潔癖の高山に住まうクレーマー仙人でもだ。
「先に入る。足も洗ってちゃんと玄関掃除するから」
ぐったりしてきて、芽生がつかんでいる腕を放させようと引っぱると、芽生の手がそのままくっついてきた。
「わたしだけだから」
「は?」
「あんたのテキトーさに耐えられるのは、わたしだけだから!」
「芽生のわけわかんない潔癖に耐えられるのも、私だけだよ!」
芽生を振り払って私は脱衣所に入り、ドアをパンと閉める。
……忘れてた。
もう一度だけドアを開ける。芽生が手に持ったままのペットボトルを奪い取って蓋を開けて口にさしつける。
「もげっ」
「出てくる前にちゃんと飲んでなきゃ許さない」
芽生がモガモガ言いながら頷いてボトルを受け取り、自分で飲み始めたので、今度こそシャワーに戻った。
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