第126話 恨めしい二輪に挑んだり
自転車に乗るのは三回目だった。今日は無理して遠めのコンビニまで漕いでいく。ほとんど足がついていた。
途中、公園に寄り、園内を3周する。
「ママァ、あのおねえさんは、ほじょりん、いるよね?」
甲高い声のしたほうを見ると、幼稚園ぐらいの小さな女の子がこちらを指さしていた。
「人を指でささないのよ。他の人のことはいいの。頑張ろうね。みーちゃん、補助輪もうすぐ外せるからね」
「ちがうの。みーちゃんのことはいいの。あのおねーさんは」
母親は気まずそうにわたしに会釈をした。
「みんな最初はへたっぴだけど、頑張って練習して、上手になるんだね。みーちゃんも、」
「みーちゃんはいいの!」
怒ったように、「みーちゃん」は頭の上で二つに結った髪を揺らした。
母親が、食い気味に言い聞かせようとしている。なんとかわたしをフォローしようとしている。かえってすみません、という気分になってくる。
「みーちゃんのほじょりん、いらなくなったら、あのおねーさんにあげる」
どうやら幼児が心配するレベルに、わたしは悪戦苦闘して見えるらしい。
……優しいなあの子? いまさらこの年で補助輪買いに行けないし。補助輪くれるなら付けたいぐらいだ。幼児用のが付くならな。
わたしは「みーちゃん」ににこりと微笑んでみせた。
みーちゃんは自転車をおき、駆け寄って来た。
「がんばってるね!」
よしよし、とでも言いたそうな瞳に見上げられる。ポケットを探った小さな手が差し出してきたのはラムネだった。
「顔が怖くなってるひとは、がんばってるんだって。ママの顔が怖い時もがんばってるんだって。パパが言ってたから。はい」
顎が外れそうな表情をした母親が、すみませんすみませんと唱えながら追いかけてくる。
顔、怖いことあるんだ。つい笑ってしまった。
「ラムネありがとう。おかげで頑張れるよ」
みーちゃんは照れたように笑った。
「そうか。おねえさん、顔、怖かったか」
「おねえさん、怖い顔すると、本当に怖い顔になるんだね!」
「こらぁっ!!!!」
とうとう母親の雷が落ちた。確かに怖い顔になっている。このぐらいの子供の親は大変なんだろうか。
「すみません、ほんとうに、ごめんなさい!!!」
「嬉しいですよ。補助輪、わたしのには付かないと思うんだけど、ありがとう。うまく乗れるように、頑張るね。一緒に頑張ろうね」
母親は焦りまくっているが、優しい子だと思う。みーちゃんに笑いかけると、「がんばろうね!」と返してくれた。
殺気立ってたの、子供には、わかるんだな。そんなに怖い顔になってたか。
「アレルギーがある子がいるから、お菓子を人にあげるときは、ママに聞いてから!」
「怖い顔してる人に、怖い顔してるって言うんじゃありません!」
フォローしているはずが完全にドツボにはまっている母親に怒られながら、みーちゃんが帰っていく。
ついポーチから鏡を取り出して、自分の顔を見てしまう。確かに今日はきつい目をしている。口角を上げてみたが、目が鋭いままなので、たいして印象は変わらない。
大丈夫。おねえさんは、自転車のせいだけで鬼みたいな顔してたんじゃないんだ。どうにかして、心の暴風圏から、自転車で漕ぎ出したいだけだから。
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