第120話 まずは避けたり



 翌日、エレベーターでまた皆堂を見かけたとき、誰とも話をしたくない塞いだ気分はまだ私を覆っていた。

 エレベーターホールに皆堂がいるのがわかって、歩いてくる課長が目に入ったとき、自然に体が動いていた。

 自動販売機でわざわざ飲み物を買った。麦茶がガコンと落ちてくる。目の端に皆堂が映っている。彼らがエレベーターに乗り込むのも、ぜんぶ見えている。見えているが、見えていないふりだ。エレベーターに乗り遅れるためにわざと自動販売機に引き返したのだから。

 閉まりかけのエレベーターのドアを遠くに見て、今気づいたふりをして、課長と皆堂に会釈した。


 余計なことは何もしないのがいい、そう思いながらも、少しだけ、考えてしまっている。


 仕事というものが、人に求められていることをして金銭を得ることである以上、合わせろと言われれば、私はなるべく合わせようとするだろう。

 社会人として必要な教育を受ける機会を奪うとしたら? という課長の言葉もまた、反芻してしまっている。

 それでも、皆堂に強制したくないのは、皆堂のブチ切れ反応が怖いから、というのがひとつ、大きな理由で。もうひとつは、どこかで、皆堂のような人間に、いてほしいと感じているからだ。


 常識と「されるもの」に合わせている人間「だけ」になっていくことが、息苦しい。自分は合わせているくせに。 


 人の期待するものに時々合わせきれずに恨み節を叫んでいる自分と、流れに合わせて、無難に長いものに巻かれていたい怖がりの自分とが、お互いを牽制しあうように見つめ合っている。


 努力したら周りに合わせられるでしょ? 嫌な気分になる人がいるなら自分を変えて当然でしょ? 

 年配の人が安心するような恰好でいいのよ……。

 人を怯えさせることがいいとは思わない。実際私は皆堂に怯えている。皆堂のような恰好をしたいわけでもない。


 でも、私は、皆堂の持つ鋭いものを、なにか突破口として、見ているんだ。

 選択肢を少しずつ狭めて行くほうに手を貸したくないだけかもしれない。自分の前に誰かが歩いてくれていると歩きやすい……私は、その為だけに、皆堂に切り込み隊長でいてほしがっているのだろうか? 


 部署移動されようと、その原因も知らせずに、知らんぷりか?


 君はもういい、と言ってもらえたのに。

 ぐにゃぐにゃする……。わからない間は、行動しない。罪悪感と、不安定な感情が落ち着くまでは。せめぎ合うもやのなかで、良心の立つ場所がはっきり見えるまでは。



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