第118話 記憶を混ざりこませてしまったり
本当は、わかっている。
正直、私は、居場所のぐらついた自分自身の事を、自分で救えていないだけだ。芽生に八つ当たりして、「そんなことないよ、ここにいなよ」と言ってもらいたかったんだ。
「わたしが見るあおい史上、最大に変だったね」
嫌がったそぶりもなく、芽生はしょうがないな、という目をして笑っていた。
お風呂入って、さっぱりした?
ちゃんと全部蓋あけてきた?
いつも上から目線でムカつくとは思っていたけど、ああいう包容力を見せられると、芽生のほうが上手なんだから上から目線になるのは仕方がないと思えてくる。たまには素直になりたくなる。
「食べて、寝なよ。今日は」
自分にとって都合がいいからだろうか。私の耳は素直に芽生の言葉を受け入れ、少し力が抜けたようになった。
そうだ。寝よう。人に八つ当たりするぐらいならとりあえず寝よう……。逃げだけど。
あれほど、今の私を甘やかす指示はなかった。
ほい、といって芽生はマスカットを揺らした……。いまここにいて、ものを食べている。芽生が目の前にいる。いつもの日常が戻って来た感覚がして、私はそれを体で味わい、感じようとしていた。
「ふたつめのマスカットをくわえ、ぼうっとしていたと思う。
丸い感触を唇で楽しんでいると、和美がいきなりマスカットを指で突き、私の唇の奥に押し込んだ。引き抜かれた和美の指を唇が追いそうになる」
口内に残されたつるんとした球体の滑らかな感覚に満足し、なぜか急に、キスシーンが書きたい、と思った。
そう、これが小説だったら、書く。芽生がこんなふうに笑って……唇が恋しがるから、もっと口に含みたくなって、それから……。
「おいしい?」
「指かじりそうになったよ。芽生の」
芽生の指は長くて、きめ細かい。優しい指先は、柔らかく滑らかそうで、口に含みたくなる。
「人食いめ」
「マスカットおいしいね」
人食いか。間違いないや。
ちょっと笑ってしまって、ふと芽生を見ると、芽生は私を見たままふわぁっと陽だまりに溶けたような顔をした。
微笑んだ唇が、なぜか満足そうで。
もし私が本当に人食いだったら、唇から行く。
キスシーンを入れてから。
そう、桜と和美のキャラだったら、する。きっと。
ここで見つめ合ったら、そのまま体を寄せていって。
柔らかそうだった。今日芽生が着てた服の袖。あの袖ごと、芽生の腕をぎゅっと抱きしめて、引きよせて、
そして……。
…………。
バカ! またそのまま入力してた。
読み返して、頭を抱える。
なにが「キスシーンが書きたい」だよ。さっき急にキスシーン書きたくなったのは確かだけど。「口に含みたくなる」って二回も書いてんぞ。何やってんだ?
「そして……」じゃねーよ!
これ友情百合じゃないだろ。ガチ百合になってるだろ。バカか? しかもまた芽生って書いてる。
今日はだめだ、頭おかしくなってる。だから、いまは友情百合が書きたいんだってば!
プリンマニアは喜んでくれるだろうけど、今日は公開したくない。
プリンマニアは喜ぶだろうけど……。
どきん、と心臓が変な音をたてたが、何故なのかわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます