第116話 誤解されたくなかったり
なんなんだよ、もう!
調子が狂う。芽生、あれ、自分の言葉にどういう威力があるかわからずにやってるだろ。
会社でああいうことを言ってしまった時点で、私の中では、もう、今までと同じように一生黙ったままでいるはずだ、というお約束が破れかけている。プリンマニアにもカムアウトしてしまったし。「誰にも言わないまま一生過ごす」のは当たり前ではなくなってしまった。
いつか、言うかもしれない。勇気を出してなのか、うっかりなのかはわからないが。
万が一、芽生に言うとしても、やっぱりルームシェア解消して、私に恋人ができるまでは待ったほうがいいんだろうか。芽生が「自分の事を好きなわけじゃない」と安心し、誤解しないように。
誤解……。
なんか変な反応してないかな。私。
感情が定まらない。沈んでは変に浮足立つ、自分のふわふわした感覚が止められない。
さっき、芽生を妙にまぶしく感じた。急に泣きたくなったし。
少しでも芽生を「そういうふうに」意識してしまったら、顔に出そうで、だいぶ参っている。あとになって、「あれも、あの時も、もしかしてあの時も、本当は意識してたんじゃないの?」なんて思われたら?
冗談じゃない。誤解だと言えるような状態でないと、困るんだ。
でも、でも……。
「ふふ……ふへっ」
なんだ、なんだよ……芽生。一緒に、いたいのか。私と。
――どれだけ迷惑かけてもいいよ、迷惑でいいよ。一緒にいてくれたら。
――優しさだけで言ったつもりないし!
「ふふへ」
自分の頬をぐりぐりと揉む。
「いや……」
だから浮足立つな。何にやけてんだ!
「大丈夫だから。あおいにしか言うつもりないから」
あおいにしか言うつもりない……?
そんなわけないだろうが! 芽生は嘘をつくようなヤツじゃない。言葉に嘘はない、本当に言う相手がいないんだろうけど、今のところってだけだろ。
「誤解するな」はおまえだよ、あおい!
芽生は、好きな相手がいる、みたいな事言ってたわけだし。べつに、だって、そういうアレじゃないし! 何をまともに食らってんだ。
芽生は、私がへこんでたから、口下手なりに、友情を伝えただけだ。
嬉しがりすぎなんだよ……。
でも、しょうがなくないか? 嬉しいのは。
少なくとも、その程度の情は、持ってくれてるってことなんだ。芽生から一緒にいたいって言われたら、嬉しいの当たり前だろ!
だめだな、これ。意識するなと思うから、意識するんだ。笑っちゃいけないと思うと、面白くもないのに吹き出すのと一緒だ。
芽生で百合小説なんか書いてるせいで、頭の変換作用もどっかおかしくなってるんだろう。
過去の自分に一言いいたい。
なんでわざわざ、毎日顔を合わせるルームメイトなんか、モデルにしたんだ。それも毒舌ルームメイトだ。時々猛毒吐くヤツだぞ? 優しい言葉に浮かれていたら後でザックリやられて深手を負う。
せめてもっと性格に難のないヤツを……性格に難がないヤツなんていないっていうなら、性格のわからんグラビアアイドルでも良かっただろ。テレビの向こうの美女とかにすれば良かったじゃないか。架空のバーチャル美女だって作ろうって時代に、なんで目の前で生きて動いてる人間なんかモデルにしたんだ。
ド変態にして笑ってやるつもりだったのに。たまに優しいところなんか見えちゃったりして、……百合妄想とかして、馬鹿か。生々しすぎるわ。
こんな状態で、芽生に昔好きだった女の子の話なんかした日には、誤解される。あんなに顔じゅう熱かったんだから、さっき、顔が赤くなってたはずだ。ぜったい私変な顔してた。向こうだって気づいてそうだ。
ノートパソコンを開けて、電源ボタンを押し、起動しはじめた画面を眺める。
いつも通りに、小説投稿サイトを開く。
何も書く気がしなくても、
今日のPVは三。一話と二話と三話のPVが一ずつ増えている。更新してないのに一人来てる。三話も読んでくれたのか。あーちくしょう! 物好きだな。書き続けたくなる。
やめたほうがいいのかな。芽生をモデルに書くの。
百合好きってだけで、誤解する人はするだろうし。書いてるどころか、読んでることすら芽生には言いたくないと思ってきたけど。
「わたしが、そういう理由で、友達をやめるとでも?」
咎めるように言った芽生の目を思い出す。
芽生は、言ってたんだ。
大切な友達が本を貸してくれるなら百合でも読むと。
どんな恋愛をする人だろうが、苦手な人は苦手なままだし、友達は友達のまま。どうもしない、と。嫌いな人は嫌いだし、好きな人は好きだ、と。
本当なのか、それは? そんなに簡単に、いきなり私の全部を嫌いになったりは、しないものだろうか? 万が一、私の一部を受け入れられなかったとして、全部だめになったりまではしないのか。
少なくとも……今のところは、芽生は、私に迷惑をかけられてもいい、ぐらいのことは、感じてくれてるわけで。好き、嫌い、どうでもいい、の区分けだったら、好きの部類に入れてくれているんだろう。
せっかくあんなふうに言ってくれたのに。優しくしたとたん反射で勘違いするドウブツみたいに思われたり、芽生にまで百合を期待してると思われたりしたら嫌なんだ。真心で言ってくれたことを百合に変換して曲解するのだって嫌だ。
いまの気持ちをそのまま言ったら、どうなるんだろう。さすがに芽生をモデルに百合を書いてるのは言えない。でも、百合が好きで。ズブズブの百合オタ世界に浸っているせいで、芽生の言葉につい意識してしまうけど? ただ百合が好きなだけで……誤解しないでほしい、という感じで話したら? 芽生は、友達のままで、いてくれる……?
「いやいや……」
ズブズブの百合オタ世界に浸っているせいで、芽生の言葉につい意識してしまうけど……って、もう、ダメじゃね? 客観的に見てキモい。言い訳くさい。「どうしてもアナタを意識してしまいます」って言ってるようなもんだ。そこまでじゃねーよ。
芽生が許してくれているのは、蓋を閉めるか閉めないかの問題であって、生活していて出てくる小さなイライラの話だ。
友達として受け入れるというのと、そういうふうに自分を見る……見てるかもしれない……見る可能性が全く無いとはいえない、誤解だとしてもだ、そういう同居人を受け入れるというのは、全く違う問題だ。一緒にはできない。
誤解しないように納得させる話術なんて、私にはないし。中途半端に話して、芽生と顔を合わせるのが怖くなって、気まずい感じで終わる未来が見える。
無理に話そうとして、誤解されるのは嫌だ。
妄想や感情は、小説の世界に逃がせ。冷静になれ。匿名で書くほうに行け。書いて余計に意識するのもどうかと思うが、もう意識してるんだったらフィクションとして切り離せよ。
今日は……「GL」としてではなくて、恋愛とまでは言えない「友情」として、いつもの百合を書こう。頭も冷えるはずだ。
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