第97話 あの日の話ができたり

purinmania:元気にしてました?


 プリンマニアの言葉に、じわりと温かいものを感じた。私は一人でぐにゃぐにゃ考えすぎていたことを恥じた。


おつぼねぷりん:元気です。おかげさまで


おつぼねぷりん:あの後、ふたりから、変わった、すっきりしたって言われました


purinmania:話してすっきりしました?


おつぼねぷりん:周りからみるとすっきりして見えるらしいんです。私は、書いたことを思い出してウワーってなってましたけど


purinmania:そうですか


おつぼねぷりん:前に一度、プリンマニアさんにそれっぽいことを書いて、消したことがあるんです


purinmania:それっぽいことって


おつぼねぷりん:たくさんプリン紹介してくれたとき、本当は、いったん、書いたんですけど


 聞いてみたかった事を、やっと聞けると思った。


おつぼねぷりん:消す前の、読みました?


purinmania:読んだと思います


「ふっ……」


 鼻から、呼吸だけの笑いが小さく漏れた。

 なんだ。それじゃ、もう、あの時点でわかってたな。この人。


purinmania:クローゼットで来ましたっていう


 ああ。読んでる。読んでるよ、完全に!

 その後、会おうって書いたんだよな、私。ほんと恥ずかしい。説教されたんだった。


おつぼねぷりん:書いてから、怖くなって、消しちゃったんですよ


おつぼねぷりん:意気地がないと思われそうだけど


purinmania:思わないし、思ったとしても、思ったとは書きませんし


おつぼねぷりん:そりゃそうかw


purinmania:思いませんよ


 どう感じたとしても、思いませんって書くわけだろ、と苦笑まじりに思ったとき、プリンマニアが念押ししてきた。


purinmania:本当に


おつぼねぷりん:はい


 いいかげんグニャグニャしすぎだ。さっぱりしろ、私! 変な気を遣わせて悪かったかな。はい、だけでは感情を上手く伝えられない。こう言う時は、顔の見えない文だけのやり取りがもどかしい。


purinmania:時期じゃないのかなと、思いました


 時期じゃない……。

 あの時消したのを見たから、この人は、無理をしなくていいと、あんなに言ってくれたのか。


おつぼねぷりん:時期じゃないっていうの、しっくりきました。そうだったのかも


purinmania:そのうち、言えるほど、信頼してもらえるようになれたらいいなとは思いました


 プリンマニアのこの言葉に、どきりとする。胸を軽くノックされたような感覚。ノックが呼んだ波紋はそのまま全身に広がって、私をぐにゃぐにゃと柔らかくする。


おつぼねぷりん:してますよ。もう


 直感ではもう、最初から。

 すぐにネット上の人を信用するなと、プリンマニアは言いそうだ。でも、私だって、どんな相手でも信用するわけじゃない。

 自分のしてほしかった通りの反応を相手が返すだろう、というのは、ただの勝手な期待だ。そんなの、「信じる」ことじゃない。

 感情と体は怯えきっていた。だけど、直感はGOサインを出していた。問題になっていたのは自分の恐怖感だけだった。


 いきなり会おうとした最初は、あれは確かに、無鉄砲だった。

 あの時の私は、破壊的な、無鉄砲なぐらいの勢いを利用しようとしたのだ。殻を突いて壊すような勢いを。


 まだ時期じゃなかった。それも確かに真実で。でもあれは、外からのノックの音をまともに聞くタイミングではあったんじゃないだろうか。


 いったん話しそびれたものの、なんとなく、この人には、いつか話すかもしれないと思っていた。チャットで話すようになった最初のうちから。もうだいぶ前から。

 プリンマニアが本音で話してくれるのが嬉しくて、自分が何も話さないでいることに後ろめたい気すらしていた。


 杞憂だった。

 こうしてみると、思っていたほど、たいそうな準備など必要なかった。

 私は、自分を否定されるかもしれないというだけで、知らないうちに、周りの人間すべてを怖がっていたかもしれない。 


 いつか話せるかもしれない。そのいつかを望む気持ちがなければ、私はあの時、あそこまで、この人と繋がりたいと感じなかっただろう。あれだけ怖いと感じていたのに、いまでも少し心もとなさがあるのに、まったく後悔がない。

 いつか、気持ちよく、普通のこととして、同性を好きになった自分を、話せたら。友人が「元カレがさぁ……」なんて話すのと同じように、気兼ねなく、関係が壊れることを恐れずに話せるようになれたら。私はいつから、そんなことを望んでいたんだろう。


 プリンマニアが人を心配する時に出す空気は温かい。ルームメイトさんに向けているのと同じ、その優しさが私に向かってきた時に、思わず心が寄っていってしまうほど。

 文のやりとりに過ぎないのに、リアルで会うよりももっと、人柄が伝わってくるような気がするのは、どうしてだろう。


おつぼねぷりん:プリンマニアさんがどういう人なのか、知りたかったんですよ。なんで自分の事をネット上でもはっきり言えるのか、もともとオープンな人なのか。好奇心かもしれません。自分が、言えなかったから。すみません


purinmania:おつぼねぷりんさんにしか話してません


おつぼねぷりん:え? そうなんですか?


purinmania:現実で言う機会ないし。おつぼねぷりんさんと一緒ですよ。ちょっと迷いました。ちょっとだけね。おつぼねぷりんさんへの好奇心が勝ったので、書きました


 驚いたが、何か書こうとしたらもうアニメの本編が始まってしまった。そこからはほぼ無言だった。時々、今観ている内容についてお互い呟くだけだ。

 声優さん逆のほうが合いそうだとか、このシーンが原作そのままだとか。ただそれだけの呟きができることが、楽しい。

 

 人に言ったらどうなってしまうだろうと不安だったのが嘘のように、日常はまだ続いていた。

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