第96話 日常の話ができたり

 家に帰ると、リビングに明かりがついていなかった。芽生の靴はある。帰っている。

 思い出した……今日は別々に食べる話をしていた。確か、芽生が部屋でテレビを観たいと言っていたのだ。リビングで携帯で一緒に観たっていいだろうに、と思うが、大昔にプラトンの件で懲りているので、特に自分から言いはしない。どうせまた、私には理解できないとか、感性が違うとか思っているに違いない。


「ただいま……」


 邪魔しないぐらいの声で呟いたつもりだったが、芽生の部屋のドアが少し開いた。


「おかえり」


 返事をするためだけに顔を出したらしい。芽生はにっと笑うと、顔を引っ込めた。


 私は自分の部屋へ行き、イヤリングを外してアクセサリースタンドに置いた。耳たぶが痛い。押さえをきつくしすぎたな。鏡にはくっきり痕の残った耳が映っている。耳を揉みほぐしながら、アクセサリーコーナーを眺めた。

 部屋を入ってすぐのカラーボックスの上に、アクセサリーコーナーを作ってある。簡単な鏡と、ネックレスを吊るすスタンド、噴水型の皿を置いて、そこに指輪やイヤリングを置いている。


 皆堂のこと、どうしよう。

 あそこまで意志がはっきりしている人間に、今さら口出しするの、嫌なんだけど。自分の意見でもないのに。


 アクセサリーが目に入ってしまうと、どうしても、皆堂の事を思い出してしまう。でも、今日みたいに疲れた気分だと、見せる収納で正解だったと思う。

 芽生がいうには、ズボラの収納の原則はアクションが少ないことらしい。確かに、芽生みたいに、収納ボックスに丁寧に保管するのは面倒くさい。ボックスを取り出す、蓋を開ける、トレーをいくつか取り出す、置く、トレーを元通りにする、蓋を閉め……考えるだけで嫌になってくる。収納ボックスを用意しても、面倒になって適当なところに置いてしまうだろう。


 夜ごはんが自分だけとなると、力を入れたものを作る気はなくなる。刺身でも買ってくればよかったか。

 レンジで焼きおにぎりを解凍する。


「あっつ」


 ラップを外してトースターに入れてカリッとさせる。その間にどんぶりにお湯を入れ、だしの素と塩と醤油を入れてレンジでチンだ。

 芽生が「使っていい」と言っていた、冷凍の小ネギを貰うことにした。汁の温まったどんぶりに焼きおにぎりを入れ、ネギをそのまま散らして、梅干しを乗せた。ついでに鰹節をかける。豪華になった。


 いつもと違う、一人だけのリビングは、のびのびできるようでいて、少しつまらない。トースターで焼いたおにぎりが香ばしい。美味しい、それだけのことが言いたくて仕方ない。近くにいる芽生に呟くにはいいが、部屋に籠っている芽生の時間に乱入してまで伝えることでもない。


 ああ……美味しい……焼きおにぎり最高。おにぎり茶漬け、最高。

 

 お茶漬けを無心にすすっていると、携帯に通知が入った。


purinmania:こんばんは。今、百合アニメ観るところです。始まったばかりの。おつぼねぷりんさんはアニメとか観ます? お勧めとかあります?


 プリンマニアからのメッセージを見て、ホッとした。ああ、返しやすい、これ。


おつぼねぷりん:私は、夜ごはん食べ終わるところです。お勧めの百合?


purinmania:アニメじゃなくてもいいですけど、知りたいなって


おつぼねぷりん:始まったばかりのって、あれですか、学生ものの、なんだっけ


purinmania:そうですそうです! 「すきすきす」! 両片思いの金字塔です


おつぼねぷりん:原作読んでますよ。これからですか。私も観ます


 私はお茶漬けを急いで食べ終わり、丼を洗うと、棚から適当なつまみを探し出し、コーヒーを入れて部屋に戻った。今日のつまみはだいぶ昔に買っておいたエイヒレにした。コーヒーと合うかはわからないが、それしかなかった。


おつぼねぷりん:おつまみ用意してきました


purinmania:いいですね。なんのおつまみ?


おつぼねぷりん:エイヒレ


purinmania:予想以上に本当に酒のつまみだ(笑)


 アニメのオープニングが始まった。色鮮やかな花々の蕾がゆるやかに開き、咲き乱れ、すこしずつ淡く透けるようになって白く輝きだす。


purinmania:ピュアなかんじ


おつぼねぷりん:そういえば、百合ってすごく清楚に描かれるときと、やたらと怪しくてIOいものとして描かれるときと、両極端だと昔思っていたんですけど。最近は本当に普通の人間として描かれてるのが多くて嬉しくなるんですよ。最初から最後までその辺にいそうな人間というか


 エロをもう「IO」で単語登録してしまったので、変換候補に出てしまうようになった。便利だ。しかしこいつのせいで私の携帯に変な文化が根付いた。


purinmania:ピュアすぎるのはあまり?


おつぼねぷりん:好きです(笑)遠い世界に感じるだけ


「ん……?」


 今まで以上に百合の話がしやすくなっている。自分が当事者だと言っただけで、こんなに話がしやすくなるものなのか? 


おつぼねぷりん:「すきすきす」って、これ、本当は戦争を描いた絵本から発想を得たんですよね


purinmania:そうなんですか?


おつぼねぷりん:作者が言ってた絵本が、私も好きで


purinmania:なんて絵本ですか


おつぼねぷりん:サルビルサ。あれは本当に名作で。そこから百合を発想するって……と思ったけど、両片思いの世界って平和かも。両想いとなると、ああもう


purinmania:ああもう?


おつぼねぷりん:リア充爆発しろみたいな


purinmania:怨念がもう爆発してるように見えますけど


 実際には、そこまで他人を恨んでいるわけではないが……まぁ、現実でそこに行けないから、文章で書いてるわけでね。


purinmania:おつぼねぷりんさんもリア充になればいいでしょうに。わたしはリア充になって爆発したいですよ。大爆発でいい


 リアルで本当にいい人を見つけられるのは、こういう人なんだろう。プリンマニアは屈託がない。わかりやすく自分の欲求言える人って強いし、付き合いやすいよな……。

 性癖はまぁ、まぶたにプリン何回も垂らすとか、相手からすると何してんだよって感じだろうが。

 好きになった相手が、まぶたにプリンを垂らしたいと言ってきたら、私はどうするんだろうな? わかんないな。唯花がしたがったら、きっとさせていただろうけど。


おつぼねぷりん:爆発するリア充側ね。想像つかないな


 私がリア充と化すには、いくつかの段階が要りそうだ。つらつらと考えていると、プリンマニアがもう一つトークを入れてきた。


purinmania:元気にしてました?

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