第103話 先に相談するのはやめようと思ったり

「この前の話なんですが、お時間のあるときに、相談に乗っていただけますか?」


 翌日、小林まどかに声をかけた。


「やっぱり怖くて言いづらい?」

「怖くて言いづらいというより」


 どくどくと全身が脈打ち始める。怖い相手に、本音を話すのって勇気がいるな。蛇に睨まれて縮まるカエルが、自分から蛇を呼び出したようなものだ。


「二人に、私から何かを言うのは、やめようと思って、いまして。課長に、理由を言います。それでおしまいにしたいんです。すみません」


 小林は黙って私を見つめた。


「理由って?」

「まだうまく言葉にできないので、伝えられるようになってから、課長に言いたくて……」


 今オマエに言うつもりはない。

 そういう意味だったが、ぼそりと小林は呟いた。


「言えるの?」


 小林は、どうしたいのだろうか。言えるなら言えと思っているのか。従えと思っているのか。分からない。

 今、小林に「理由」を言ってしまったら、「それは社会人の意見じゃない」とか。「そんな理由で?」とか……。色々文句をつけられて、課長に言えなくなりそうだ。


 だから、先にコイツに言いたくない。


「言います」

「私も一緒していいのよね?」


 ★



「理由って?」


 会議室の予約を取って、課長と三人で話すことになった。


「皆堂さんについてなんですが、社内の規約にない部分の、容姿に関することで、配置転換されそうになっているという風に感じてしまうんです。そういう認識で合ってますか?」


 嫌な言い方をしてしまったかもしれない。課長はぴくっと眉を動かし、小林は動きを止めた。


「容姿というか、服装よ。みんな気をつけていることだし、暗黙の了解ってあるでしょ。今の言い方だと、容姿そのもので飛ばされるような言い方だよ。そうじゃなくて、身に着けるものとか、本人の努力で直せるところを、社会にすり合わせる義務があるっていうだけの、」


 説得するためだから、私が納得するまで話し続けるだろう。わざと、小林の長くなりそうな話を遮って、割って入る。


「すり合わせをしているつもりはあると思うんです。私服と制服の時ではだいぶ違いますし。合わせ切れていない部分はあるかもしれませんけど」


 まぁ、合わせ切れないというか、あえて貫き通そうとしている反骨精神みたいなものを感じるわけだが。


「そこ以外の、仕事ぶりや能力は、どうでしょうか? 配置転換が必要なほど、仕事能力と見合わない感じですか?」


「課長、すみません」


 小林が私の代わりに謝った。


 配置転換して勤務態度が変わってくれれば、という話がどこから出たのか知らない。ただ、皆堂が、本当に小林たった一人を嫌だというだけで会社を辞めることまで考えるというのは、疑問だった。

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