第123話 ほかの人としらすを食べたり

 結局、皆堂は私を腰越まで連れて行った。

 私が無理な姿勢でしがみつくので、信号待ちで止まった時に、皆堂は叫んだ。


「しがみつきすぎ!! 変な体重かけないでください。かえって怖いでしょ」

「だって持つとこないし!」

「ありますよ!」


 怒鳴っているように聞こえるが、そうしないと聞こえないから仕方ないのだろう。私も負けず劣らず、いつもは出さないような大声を出している。皆堂が教えてくれた『持つとこ』は、私の体より前ではなかった。


「ここ持つの? ここ!?」

「合ってます。もっと後ろに座って」


 後ろに座ったら皆堂との間に余計に空間ができた。


「ほんとにここ持つの!? 余裕ないのに余裕なポーズ取れないよ! のけぞって掴むの!?」

「そんなにのけぞらなくても、掴めるはずですけど」

「のけぞるって! 無理だって!」

「先輩の手がみじかいんですよ!! 頑張ってください!」


 ひでー言いようだよ、全く! のけぞるのは芽生のブリッジで充分だ。


 そう思ったとたん、頭の中を、芽生が全裸でのけぞりながらバイク上でブリッジして「うふふふふ!」と走り抜けた。


「ふくけけけ」


 変な笑いが口から漏れた。


「余裕出てきたんじゃないすか!」


 途中までおっかなびっくりだったが、だんだん慣れてきて、景色を楽しむ余裕が出てきた。ヘルメットの圧迫感は慣れなかったが、それでも車から見る景色との差に驚く。風やにおいを生で感じる。その日は雲一つない快晴で、海沿いを走りながら水平線がくっきりと見えた。運転する側は景色だけに没頭はできないだろう。後ろに乗せてもらうというのは、風景を楽しむ上で贅沢なことだと言えた。


 腰越のしらすの店につくと、かなり並んで、やっと入ることができた。


「椰子にビビってないから、まさかこんなに怖がりとは思わなかった」


 皆堂は顔をしかめて歯をむきだして言った。

 そう言われても。


「ママチャリしか乗ったことないからね」


 勝手に人の性格を美化するな。私は怖がりなんだ。自分でもわかってる。椰子に怒られても死にゃしないけど、走行中のバイクから転がったら死ぬだろ!


「で、しらす、どうですか?」

「美味しい」


 生しらすというのは、不思議な感じだ。透明でぷりぷりして、……いつものしらすとは別のものを食べている感じがする。これは食感を楽しむものかもしれない。美味しいが、慣れ親しんだ釜揚げしらすのほうが好みだった。

 それでも、新しい体験は私の頭をしゃっきりと目覚めさせ、最近の暗鬱な気分を吹き飛ばした。


「生じゃないのも食べたいけど、お腹いっぱい……」


 お土産に釜揚げしらすを買う。

 けっこう長く走ったな。ガソリン代、いくらぐらいになるんだろう? 相場がまったくわからない。皆堂に聞いたが、いいですと言って教えてくれない。

 とりあえず今日の食事代は全部私が出すことにして、皆堂にもしらすを買って渡した。また後ろに乗せてもらう。


「甘いの食べたくなった」

「プリンでも食べますかね」


 そのまま少し走って、今度は個人でやっているらしい、小さなプリンの店に向かった。


「良かった。やってないことが多いんですよ」


 レトロな文字で「プリン」「かき氷」と書かれた暖簾。店先の看板には「営業日・営業時間:不定期」とある。

 店の脇にある駐車スペースにバイクを停めると、皆堂はヘルメットを脱いでぶるんと頭を振り、張り付いた前髪をかきあげた。


「おいしいんだけど、開いてること自体が、激レア」

「よく知ってるね、こういうお店」


 摺りガラスの戸を横に開けると、少し埃っぽい空気の中、奥にいたお婆さんが「いらっしゃあい」と掠れ気味の声で応答した。店先のショーウインドウには、お土産によさそうなサイズの、アルミカップに入れられたプリンやダックワーズ、マドレーヌやチーズケーキが申し訳程度に並んでいる。店内に、客はいなかった。


 帰りに芽生にお土産にしようと思い、プリンの賞味期限を聞く。さっき作ってた気がするからな。

 でも……賞味期限が今日だったとしても、プリンなら食べるだろう。芽生とプリンマニアなら、食べるだろう。あの二人のプリン好きは正常の範囲を超えている。ほぼビョーキだ。


 ガラス皿にのせられて出てきたプリンを見て、芽生が目の前にしたら喜ぶだろうなと思った。満足そうな蕩けた表情が目に浮かぶ。


「……あれ」


 何口か、プリンを食べて、不思議なことに気がついた。美味しい。美味しいけど。


「どうしました?」

「熱くない」

「うぇ?」


 プリンって、食べると心があったまって、体の芯に火がついて広がっていって、体中熱くなるものだったような。

 皆堂に説明すると、完全に否定された。


「なんないでしょ。プリンで熱くは」

「なるって。プリン食べてると、身体中、焼けたみたいに熱くなる。のぼせそうなほど」

「先輩……それ」


 皆堂はかわいそうなものを見る目を一瞬した。


「先輩、気をしっかり持って聞いてください。先輩のいつも食べてるのはプリンじゃありません」

「プリンじゃなかったらなんだよ」

「茶わん蒸しです」

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