第71話 誘うつもりで様子見してみたり

 芽生が食後のコーヒーを飲んでいる。


 私は生のしらすを食べるのに、芽生を誘うことにした。ちょうど明日は土曜日だ。芽生の明日の予定が何もなければ、誘う。ただ、今日のうちに言うつもりはない。下手に事前に誘うと、芽生はそわそわするからだ。


 運よく海が見えれば万々歳だし、夕日が観られればもっといい。

 でも、言わない。

 言ったら、芽生は天気から日の入り時間まで調べてしまうだろう。そこから「計画」が始まってしまう。だから絶対に言わない。


 どこに行くの? どこを回る? お土産はどこで買う? 何分発の電車に乗ろうか? どの店に入ろうか、あおいの食べたいのどれ?


 こっちがぐったりするほど質問責めにしてくるのだ、こいつは。


 下調べして計画して、きちんと色々なところ回らないともったいない、といつも言ってくる。いかにもお出かけです、という空気を出せば、芽生は期待する。何も下調べせずに計画性なく動こうとすれば、ぎゃーぎゃー言うはずだ。何度かの経験でわかってる。


 私は、計画した通りに動くのは好きじゃない。大筋だけ考えておいて、気が向いたら入る店を変更するぐらいが好きだ。あまり細かく決めすぎると、その通りに動かないといけないような気がして楽しめない。道端に猫が現れようが、きれいな花が咲いていようが、気になる雑貨屋を見かけようが、時間通りにきっちりとミッションをこなす! そんな仕事みたいなこと、休日にまでしなくてもいいだろ。

 だから気まぐれみたいな計画しか立てるつもりはない。


 もう計画立てたの、ちゃんと考えたの? いくつ案を出してみた、ちゃんと見て? そろそろ決めよう! もう何日前になってる! ……日を追うごとに芽生はうるさくなるのだ。


 あまり先のことを言うと、日帰り小旅行という感じが出る。明日であっても、なんでそれを今言うのよ、計画立てる時間がない、と言うだろう。かえって、当日、気まぐれのような感じで誘うのが一番いい。それが一番、言い合いにならない。とりあえず時間が無くなるから家を出ちゃおう、と言えばいい。

 

 こうやって、芽生の計画好きの性格こそが、私を無計画へと駆り立てるのだ。 


 せっかく楽しみになってきたのに、行く前に疲れるような諍いは避けよう。


 おさえるポイントは一つだけだ。しらすを生で食べる。それだけ。

 検索かけるうちに、何がなんでもしらすが食べたくなってきた。


「あのさ」

「ん?」

「芽生って明日ひま?」

「なんで」


 ひまひま! と乗ってほしいとまでは思わないが、なんで、と先に聞かれると、少し寂しい。


「昼ごはん、なに用意しようかと思って。仕事かなって」

「仕事だね」

「…………」


 結ぶのに失敗して、ふしゅう!! と音を立てて萎む、限界まで膨らませていた風船。私は今、その風船の状態を体験していた。


 がっかりしたのが伝わったんだろう。芽生はこっちをちらっと見て、どうした? と聞いてきた。


「なんでもない」

「言い忘れてた。明日は夜も要らない。そのまま飲み会がある」


 飲み会か。芽生の会社の飲み会なら、帰りはきっと午前様だ。翌日の日曜はおうちでゆったりモードだな。今週の芽生とのしらすは、お出かけは無しだ。


「しらす……」


 あまりにがっかりして、つい言ってしまった。


「しらす???」

「明日は普通に、釜揚げしらすをスーパーで買って昼に食べるよ……」

「うん? いいんじゃない? カルシウムとれるし。そうしなよ」


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