第70話 お昼を一緒に食べたり
「あれ? 本当に一緒に食べるのでいいの?」
皆堂が一緒に八階まで乗って来たので、訊ねた。
「そりゃそうですよ」
携帯で何やら打ち込みおわって、皆堂はにやっと笑った。
「椰子、あれただロッカーに弁当取りに行っただけだし。いつもテラスで食べてるから、たぶん後から来ますよ。テラスに来た時私たちが一緒に食べてなかったら、なんかいろいろ当たられそうでしょ」
「うーん。なんか、ごめんね。ありがと」
皆堂と昼ごはんか……。それこそ、皆堂もいつも一緒に食べてる子たちとかいるだろうに、いいのかな。
テラスと私たちが呼んでいるのは、八階で眺めがよく、場合によっては商談に使われることもある広いスペースだ。お茶とお水のコーナーもあるし、コーヒーメーカーも置いてある。自販機の数も多い。昼以外でもちょっとした休憩で使う人は多い。
景色もいいし飲み物もあるので、仕事で何か失敗して誰かが落ち込んだような時には、だいたいここで慰める文化がある。
「椰子も、あんだけ先輩に普段当たっておいて、一緒に昼食べるかって、そりゃイヤですよねぇ」
同情するように、ネーッという感じで皆堂は顔をゆがめた。
イヤといえば……そうなんだけど。
「気が休まらないな、とは思ったから、助かった。でも、一人になっちゃうなら、って気を使って誘ってくれた気がするからなぁ」
「そうなんでしょうけど」
「この前より、私、怒ってないんだよ」
窓際の眺めのいい席がちょうど空いていた。ビルが多数屹立する中を、雲間から光の筋が何条にも伸びている。曇りは好きだ。こういう光景が見られるから。
皆堂は席につくと、アラビアータをテーブルに広げながら私を眺めた。
「先輩って、性格が悪いのか、優しいのか、意地が悪いのか、人がいいのか、わかんないな」
思わず笑ってしまう。性格が悪いのかって……。聞かれてもね。
「外面はいいよ」
皆堂は本当に、人を選ぶタイプだな。
「外面がいいのは、ただのビビリだけど。性格は自分じゃわかんないよ。周りが判断すればいいよ、そういうのは」
「椰子にビビってる感じがしない」
「椰子に怒られないように怒られないようにって思ってた時期あったよ。だんだん、私がダメだったって反省する時と、これはちょっと言いがかりでしょって思う時が出てきて。最近は怒られると、怖いっていうより、またかっていう感じになってる。昔ほどビビッてはいないのかも」
むしろ、私は、小林より皆堂のほうに委縮する気持ちがある。顔には出さないけど。巻き舌が怖いのと、はっきりと自分の意見が言えるタイプの人間に対する気後れだ。言い合いになったら絶対圧で押される。
「小林先輩、あの後、謝って来たんだよ」
「まじですか。すげー」
話していると当の本人が表れた。やっぱりテラスで食べるのか。手には弁当用の布袋がある。自分で作ってるんだな。どんなのだろ。言うこと細かいから、作る弁当も細かそうだな。芽生とどっこいどっこいか?
「で、相談なんだけど聞いてくれますか」
皆堂の言葉に、生姜焼きをお茶で飲み込んでから、突っ込んだ。
「まだやるの、向こうまで聞こえないから。そこまで合わせなくていいでしょ」
「いやマジです」
皆堂はペンネをフォークで突き刺しては口に放り込みながら、言った。
「先輩に相談しようと思ってたわけじゃないけど、誰かの意見は聞きたいっていうか」
「意見」
「会社やめようかなと」
……あ~~。回し蹴りを祭り上げるっていうのは、そういうことだよな。皆堂も何かの理由でストレスを感じてるのか?
「やめる理由を聞いてもいい?」
「椰子がまじ無理なんですよ」
げっそりと皆堂は言い、眉毛が一瞬八の字になった。
「やめたあとにどうする、みたいなのはあるの?」
うっとおしい年長者みたいなことを言ってるな……と自分でも思う。場合によってはやめてから考えるというのも悪くないはずだ。ただ、次が決まっていないのにやめるより、次が決まっている方が安心できるだろう。
「ん~~。ないですね。何もまだ考えてないんですよ。ただっただ、面倒くさい。社会人になってまで椰子みたいな事言ってくるやつがいるのがね」
「具体的に何が一番イヤ?」
どこにでもイヤなヤツはいるからな。一番イヤなことがクリアになるだけで、他はどうにかなることもあるだろう。
「服装に口出してくるのが一番イヤですけど、うーんどうかな。どっちかというと、視線」
「視線?」
「あいつ、ゴミ見てくるような目ぇするときあるんですよ。そういう接し方してくるやつに、あなたの為を思ってとか言われるとゾワゾワ来るんですよ。それが、来期から私、部署替えになりそうって話があって。そっちに行きそうなんですよ。私と、あともう一人」
部署替え。こっちにくるのか。皆堂が。
「そうするとモロ椰子の直下じゃんって。気が重くて」
「あ~~」
どうして急に二人移動なんて話が出ているんだろう。うちの部署そんなに人足りてなかったっけ?
「なんで部署移動するんだろ」
「ほら、引き離しですよ。結婚する人いるじゃないですか。同じ部署に置かないで少し離すんだって。もともとあの二人は別部署を希望してたから、それならこの機会にってことで、二人とも別部署に行くはずですよ」
そうなのか。
「どう思います」
「勿体ないと思う」
皆堂は私をちらっと見て、付け合わせのブロッコリーにアラビアータの汁を絡めた。
「勿体ないですかね」
「迷ってるならね」
皆堂はブロッコリーを齧って呻った。
あんな巻き舌が出るほど拒否感持っているのに、小林の下につくのは嫌だろうな。
「周りが気が合わないヤツだらけっていうならともかく、原因が一人だけなら、勿体ない気がする。仕事内容も合わないとか、迷う余地もないほどやられてるとかなら止めないけど、迷ってるんなら、部署移動してから判断しても遅くないと思う」
「うーん」
そう思えないほどの何かが、たぶん、本人としてはあるんだろうが、聞いた限りではそこまではまだわからない。今聞いている内容からの答えだけを返す。
「いまの部署では、仕事自体はどうなの」
「まぁまぁです。慣れてきて、同じことばかりしてるって感覚で、少し飽きてる」
「部署移動したら、今よりやりがい感じるかもよ? 一人うるさいのいても構わないってくらいに。だから、転職情報サイトとか登録しながら、少し様子見してみるのは?」
「ああ、まぁ……そっか。今の仕事飽きてるし、ちょうどいいか……」
皆堂は呟いて、あざっすと一応の礼を言った。
「先輩て、休みの日とか何してる人」
百合小説を書きためてます。とは言わず、適当に返す。
「読書とか……」
「何読むんですか」
あまり突っ込まないでほしい。ボロ出そう。
「適当に? ネット小説適当に読んだり、流れてくるツイートぼーっと眺めてたりとか。えーと、か……」
「皆堂でいいですよ」
「皆堂さんは何してるの」
話題を自分の休日から逸らしたくて、皆堂のほうに話を振る。
「服買いに行ったり、バイクでいろんなトコ走ったりかな」
「バイク乗るんだ? どういうとこに行くの?」
「適当ですよ。乗るからにはどこかには行くんだけど、行きたいとこがあるから乗るんじゃなくて、乗るために目的地を探してるから。でも最近すぐ疲れるからな……ガチのいかにもツーリングって感じのことはしてないっすね」
「ふうん?」
ガチのツーリングってどんなんだろう。
そういえば私も、自転車でただ走りたいときがある。でも友達とサイクリングしたいってほどじゃない。山道を攻めるの、仲間を探すの、そのために体力をつけるの、というほどじゃない。近くの本屋とか、雑貨屋とか、適当なところに気持ちよく自転車で出かけて梯子したいのだ。そういうのに近いのか?
「がっつり一日使うっていうより、休みの一日の中にそういう時間がある感じです。友達とちょっと遠くまでラーメン食べに行くとか。こないだは朝、ひとりで腰越のほうまで行って、しらす丼を食べたけど」
「しらすかぁ」
そういや最近食べてないな。朝ごはんにしらす、いいな。新しくできたスーパー覗いて、しらす買って帰ろうか。
「生しらすですよ」
「生しらす?」
皆堂は食べ終えた弁当を袋にしまい、ぎゅっと口を縛った。
「しらすって生で食べるっけ」
「腰越に行くと、その日獲れた新鮮なしらすを生で食べられるんですよ」
「へぇ……どんな味だろ。友達誘って行ってみようかな」
芽生、しらす興味あるかな。もっとも、興味あるなし関係なく、芽生を誘ってついてこない事なんてほとんどない。なんだかんだ言いはしても、誘えば行くと言うだろう。
私が生しらすを食べる為に携帯で検索を始めると、皆堂は画面を指差した。
「あ、ほら、江ノ電とか乗れば、それはそれで楽しく行けますよ」
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