第68話 言い訳したり

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 見ると、やっぱりプリンマニアさんだった。

 いつも通りのやりとりができる――、胸がほっこりして、なんだか安心する。


 久しぶりに書けたことが、嬉しい。それに反応を返してくれる人がいることが、嬉しい。ハートが嬉しい。応援が嬉しい。読んでくれている人がいるのが、嬉しい……。


 @ purinmania:待ってました! ちゃんとプリン全部食べさせて……って、桜ちゃん、可愛いです。あまあまで素敵でした。

 壁]ω゚)mウラヤマスィ


 プリンマニアさん。

 チャットでも、ゆっくり待つと言ってくれていた。私の話に、待ってましたと言ってくれる。


 書けないのは、ただのエロネタ切れだ。でも一度書くのをやめてしまうと、更新に勇気が要るようになる。言葉にできるアホなネタしか書いてないが、それでも、勇気が要るようになる。

 他の人の作品を読んでいる間、思った。


 私はレビューもうまく書けず、コメントもなかなか書けない。

 レビューなどは特に、面白かったです、みたいな幼稚園児の読書感想文みたいになってしまう。その読書感想文みたいな短文も、ネタバレになるかと思い消してしまったりする。

 実は複雑な後味を強く残したもの、感動したもののほうがコメントが書きにくい。相手がいるからかえって難しい。ほんの少しの応援コメントでも、書いた後に投稿せず、結局消す事が多い。だから、コメントやメッセージをありがたく思う。心を割いて、書いてくれたのだ。本当にありがとう……。


 顔文字かわいいな。


 ふふっ、と笑いが漏れる。最近、こういう、プリンマニアの内心の呟きがかわいくて仕方ない。自分の生活と重ねている、と聞いてしまったからだろうか。

 大好きなルームメイトさんと、甘々なやりとり、したいんだろうな。


 ルームメイトね。

 一緒に住んでるだけで、私にこういう妄想されてたら芽生はたまったもんじゃないかもね。冷静な自分が自分を見ている。


 あれが――、あれが、もし本当に、キスだったら。キスされていたら、私はどうしていたんだろう。


 芽生の柔らかそうな、笑うと綺麗な形になる唇が浮かんでくる。想像のなかで、その唇がリップ音をたてて私の唇に何度も降りてくる。芽生の、ときどき熱くなる目が私を見ている。芽生の……。


 顔の周りにもやもやと熱い雲のようなものが何度も覆ってくるような気がした。雲を、首を振って振り払った。もやもやする。体の中心が熱い。私を包みこむその雲自体が、私をじっと見ているような気がしてくる。


 顔が熱い。これ、たぶん、顔赤くなってる。


 あれが本当にキスだったら、どうしていたか?

 避けるつもりはなかったから、そのまま、していただろう。


 これは、違う。


 まちがえたんだ。そう。まちがえた。


 自分の過去を重ねてしまった。もし私が唯花にキスしてしまって――しそうになってしまって、唯花が避けたら、私はずっと、ごめんほんとごめんと謝るしかなくて。転げまわるしかなくて。


 だからちょっとだけ、イヤじゃないなら、逃げなくてもいいだろうと――ちょっとだけ、芽生がキスしてくれるなら、このまましようと――本気にしてしまった。


 胸の奥に静かな痛みを感じた。静かすぎて、気づかない程度の痛み。痛みは雲となって私を包み、恥ずかしいやつめと私を詰った。


 芽生は、感じただろうか? 私がばかみたいな勘違いしたって。キスを待っていたように見えていたりしないか? 期待したとか思われてたり。いやそれはないよな? 


 慌てたみたいな表情をまざまざと思い出す。


 ――冷蔵庫がピーピー言ってるでしょ。さっさとやるよ!


 なんで慌てたの、芽生。何を、慌てたの。私に勘違いされたのがわかって、慌てたの。


 ばかばかしい。まだ、あれが何だったのか気になってしまっている。芽生が、あれが本当にキスしようとしてたんだったらと。

 

 小説のせいだ。何度か芽生とのキスを想像することは、あったから。ネタとして。ネタとしてだ。だから、まちがえる。


 そうだ。だいたい、唯花にしろ、芽生にしろ、そういう気がないから、勘違いするような事が簡単にできるんだ。


 リアルでこんな反応を返すわけにいかない。百合小説に書いて、それでおしまいだ。ちょっとした言動や視線に過剰反応するのはやめろ。

 妄想は小説で充分だ。現実で百合妄想し始めたら、自分の首を絞める。

 忘れろ。


 私はいつもまちがえる。

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