第66話 あやうく勘違いしそうだったり

「誰がけちだって?」


 私の頬を挟んだ芽生が、恨みがましそうな目で私を見て、そのまま私の唇を見た。また口の周りをもにゅもにゅ揉むつもりだ。この口が言ったのかと。

 ぶすっとした表情を返したままでいると、伏せた睫毛の下の目が、やっぱり私の唇を見ている。


「…………」


 芽生がそのまま顔を近づけてくる。


 ――ん?


 まるでキスしようとしているみたいだった。頬を挟まれているのでそもそも、そういう体勢に見える。


 ――え。あれ?


 心臓が音を立てた。

 本当にしようとしてる? 


 そう思った矢先。やたらと刺さるような高音が聞こえた。


 ピー、ピー、ピー。


 冷蔵庫だ、と思ったが、芽生から目を離せなかった。芽生はピタッと止まって、すぐに体を離した。真顔で黙ったまま私を見ていたと思うと、急に怒ったように言った。


「……冷蔵庫がピーピー言ってるでしょ! さっさとやるよ」


 な……なんでキレるの!?


 いやさっきから文句は言っていたけど。っていうか、さっきのなに!? わかんないよ! 勘違いしかけたよ! なんなんだよ! 

 いきなりキレられて、私の口調も荒くなる。


「わかったよ!」

「ああもう! おにぎり一個入らない!」


 キーキーしている。いつものヒステリー芽生だ。冷蔵庫が警告音を発したままなので焦っているのかもしれない。私だって冷蔵庫にピーピー、芽生にキーキー、両方から言われてたまったもんじゃないぞ!


 これがいけない。つぶれたおにぎり。これが冷凍庫にあるのを見つけるたびに、芽生はうっとおしいことをこれからも言うに決まっている。こういうものはさっさと目の前から無くすに限る。


「食べるからいい」


 芽生が持っているつぶれたおにぎりを奪い取って、電子レンジに入れた。お腹いっぱいだけど仕方がない。ぎゃーぎゃー言われつづけるよりはマシだ。


「太るよ」


 誰のせいだ誰の。


 目の前で捨てたら勿体ないって怒るよなこの女は。私もいやだ。焼きおにぎりの神様に怒られる。じゃあどうしろっていうんだ。食べられる量には限りがあるんだよ! 何回おかわりしたのか忘れたが、さすがに大量のカレーとおにぎりで私のお腹はパンパンだ。苦しい……。最後まで食べられるかな、このおにぎり。


「プリンは食べる?」


 プリンは勧める女。太る太る言いながら、プリンだけは勧める女。キーキー騒いでいても、プリンだけは食べさせる女。


「さすがにお腹いっぱいだね。明日食べるよ」


 他のデザートだって美味しいのはたくさんあるのに、毎回プリンプリンプリン。こいつ本当におかしいんじゃないのか。

 私はかなりぐったりした。




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