第56話 謝罪小説を読んだり

 自室に戻り、二杯目の紅茶で体を温めながら、お局小説を読んだ。


「土下座きもちいい……」


 噛みしめるように、わたしはそのセリフを呟いてみる。


 土下座……きもちいい……。気持ちいいか? 土下座。

 やっぱりわからん。

 マサコ、どこまでマゾ気質秘めてるんだよ。いやこれ秘めてないよな。丸出しだ。


「私が……ごめんなさいってもう一度言うから、許さないって……もう一度言ってくれる?」


 マサコの意外な喜び方に、わたしは先日あおいに謝ったときのことを考える。わたしはマサコの境地にはいけそうにないな。許さないと何度も言われたら這い上がれなさそうだ。

 ただ、怒ったあおいが見られたこと、これは確かに、特別感があった。あおいはめったに本気では怒らない。軽い怒りは頻繁だが、ああいう、体の底から出てくるようなものはめったに見られない。

 燃えた目。わたしは、他の人が見ないだろうあおいを見たのだ。あの瞬間、あおいの心の中にはわたししかいなかったはずだ。まったくの無関心よりは怒りを向けられるほうがマシだと思うことがある。ただ、傷つけるのは嫌だ。


 ハートを押そうとして、自分以外にハートが押してあるのに目が行った。応援コメントもひとつ付いている。

 他の人もおつぼねぷりんを読むんだな。どんな感想を書いてるんだろう。タップしてみると、長文のコメントが飛び込んできた。


@syakaijinyurilove

すごくわかります。表面上許されるより、許さないと何度も言われるほうがいいですよね。しかもココナツミルクも飲んでくれる。許さないといいながらお胸からミルクを飲むとは……! こんな土下座なら気持ちいいでしょう。キュンとしてしまいます。本当のつながりって何なのでしょうね。

私も許さないと言われたい。何度でも責められたい。離れたお胸から飲みながらの許さない発言……後輩さんの可愛い生意気さが伝わってきます。なんて可愛らしい子なの……!

心にもない「怒ってないですよ」、こんなものが欲しいわけじゃないですよね。土下座、甘美で良いですね! マサコさんの気持ちが伝わってきます。一緒に叫びたいです。土下座きもちいいぃぃぃ!


 ……うわ。すごいのが湧いてきたな。

 この人は「土下座気持ちいいぃぃぃ」、これが分かるんだな。

 わたしと真逆だな。

 許さないと言われたい? 何度でも責められたい? 土下座が気持ちいいとか……。


 おつぼねぷりんを読む人って、なんかちょっと変なのが多いのかな。きっとおつぼねぷりんが変わってるから、似たのが寄ってくるんだろう。

 ただ、このコメントには、切ない心情が入っているような気がする。変、という感想で済ませられないような。

 マサコというキャラクターを一番理解している読者は、この人なのではないだろうか。一番もなにも、読者はわたしとこの人しかいない可能性も高いわけだが――。


 わたしはコメントを入れた人のページに飛んだ。@syakaijinyurilove、社会人百合ラブね。


 とたんに目に入ってきた文字の羅列に、頭がクラクラした。


 生意気なのに、かわいいあなた。私のミスをかぶせてごめんね。謝りたい。ひれ伏したい。いじめたい、いじりたおしたい。


 なにこの人、生意気な後輩に本当は謝りたいとかそういう話を書いてるのか。なんかキャッチコピーとか結構アブない感じなんだけど。メモ紙になりたい?

 謝っても許してくれないのが好き、となると……つまりメモ紙として使われてクシャクシャポイ、みたいなことをされるのがイイのか……? トイレットペーパーじゃないだけマシか?


 最新話をクリックした。面白そうなら読もうかな?



「うやまってへつらってください」

 後輩は偉そうに私に命令した。なにこの子、偉そうに。私に叱られたいのね?

 いいわ更衣室でシめてあげる。

 彼女にあげたキーホルダーの鈴が揺れて、りんりんと笑い声をたてる。

 彼女のキーホルダーの呼び声に答えるように、私も自分のキーホルダーを揺らす。

 あなたへのサイン、気づいてくれたかしら?

 ……そう、私も同じキーホルダーを持っているの……鈴を二回ゆらしたら、私を思い出すのよ。鈴のキーホルダー、スズの、キーホルダー。ス・キ♥ のサイン。りんりん♪ って聞こえたら、それがサイン。

 君臨する王のように生意気なあなたの周りで、私は何度でも鈴を振るわ。求愛のダンスを見てもらえない切なさに、体が焦げるようよ。

 ああ、体が……熱い……! 

 あなたが私を足蹴にするとき、鈴がリンリンって鳴るのね。そして私の鈴もリンリンと恋のサインを送るのよ。さあ、シめてあげるから、復讐してきなさい。

 うやまい、へつらい、そしていつか、あなたにうやまわれたい。情熱の高まりに、鈴の音が重なって、ああ、熱い……!



 そこまで読んでわたしは社会人百合ラブの画面を閉じた。


 …………思った通りの変態ワールドじゃないか。さすがお局小説に群がるだけのことはある。

 この作品の先輩、マサコと被るところがある。マサコのモデルと同じ人が使われてるとしても違和感ない。そういやマサコってモデル居るのかな。

 おつぼねぷりん、どうすんだこいつ。わかってくださってありがとう、とか返信返しちゃうのかな。おつぼねぷりんの読者は変態しかいないのか。

 どうしよう……おつぼねぷりんを読むには、わたしには変態度が足りないのだ。


 コメントを読んでから改めてマサコの「土下座きもちいいぃぃぃ」を読み直すと、また違った感情が沸き上がった。深く読み込んだ人間のコメントを読むと、作品を深く読み直せる。

 コメント欄の下の「もっと見る」をタップすると、「すべてのエピソード」の欄が表示される。そこで他にどんなコメントがついているのかを読むことができる。ほかの話にもコメントがついていないかを見る。


 爪楊枝の回に、コメントが二、ついていた。一つはわたしのだから、誰か他の人が一人コメントしていることになる。

 開いてみると、それも社会人百合ラブの応援コメントだった。


@syakaijinyurilove

いつチクッと来るか、復讐されるかもしれないのを楽しむのですね。目隠しプレイに通じるものがありますね! わかります!


作者からの返信

お局さんにチクチクやられてるから、時々チクッと行くんでしょうね。わかってくださってありがとうございます。コメントありがとうございます!

おつぼねぷりん


 やっぱり、わかってくださってありがとうと書いてある。うーん。わたしは、チクッと感の良さまでは、わかることができなかった。わたしにはやっぱり変態さが足りないのだ……。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る