第42話 首をかしげてにっこりされたり

 リビングに出ると、芽生がもう朝食を食べていた。


「おはよ」


 芽生はいつになく、にっこりとして、自分から挨拶してきた。

 何だろう。首をかたむけたまま私をじっと見ている。


「おはよ」


 朝ごはんは各自で用意している。

 芽生はパンが多い。たいていトーストを自分の分だけ焼いて齧っている。今日もバタートーストとコーヒーだけの朝食をとっているようだった。

 私は冷凍庫から、冷凍しておいた焼きおにぎりを取り出してレンジで温める。


「あおい」


 気が付くと芽生は至近距離にいた。

 首をかしげたまま私をみていた――私は急に唯花を思い出し、芽生の肩を押して遠ざけた。


「近すぎ」

「いつもどおりだよ?」

「首かしげて、かわいこぶって寄ってきても、かわいいとか思ってやんないからな!」


 何を言っているんだろう――、それは、芽生も感じたらしかった。


「そんなつもりないよ」

「もう、いいから。許してるから。そんな顔しなくていいから」

「許してるの?」

「うん」


 芽生は、首をかしげるのをやめない。じくじくと胸が痛んでくる。苦手なんだよそのしぐさ。


「あおい……」

「なに」

「今日のイヤリングいいね。似合ってる」


 なにをこいつは言ってるんだ。

 芽生は首をかしげたままでにっこりとした。

 

 かわいこぶってるからイヤなんじゃない。かわいいから苦手なんだよ!!

 ――こいつが唯花でなくてよかった。


「ほめても何も出ない。焼きおにぎり食べるからどいて。って、ああ、もう結構な時間だよ。駅のホームで食べるからいいや。いってきます」


 焼きおにぎりをチンしたラップのまま鞄に詰め込み、靴を履いた。

 勢いで出なければ、会社に行く勇気がなくなる。


 ――もし今言葉にできるのだったら。


 振り返ったとき、芽生はまだ首を傾けたままこちらを見ていた。

 伝えられるときしか、言葉は伝えられない。ただの友達への簡単な言葉なら、リアルでも言えるのだ。


「怒ってないからね」

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