第38話 許したり

「わたしに」


 誰に愛されてるって言うんだよ、そう返したら、思わぬ言葉が返ってきて、驚いた。

 芽生は視線をさまよわせながら、呻った。


「あ~~~~。あ~~~~」


 頭をがしゃがしゃと掻いて、目をぎゅうっと瞑って眉間にしわを寄せたあと、芽生は小さな声で、言った。


「わたし、……ゆるキャラとか……好きで」

「人をゆるキャラ扱いすんな!」

「ごめんって」


 涙目の芽生に、言い放つ。


「あれは、本当に頭きた。許さない。二度と言わないで」

「言わない」


 芽生の目から、ぽろぽろと涙が落ちた。

 初めて見る芽生の涙に息を飲んで、うろたえる。


 あんたにも原因あるんじゃないの?

 あの言葉は、許さないけど。


 許せないのは、あの言葉を私の中に入れたら、自分のままで立っていられなくなる、そういう個人的な理由だ。


 小林は、私のズレてるところを突いてきたわけだから、本当は芽生が言った「ズレてるし、あんたにも原因あるんじゃないの」、あれは全くの間違いなわけじゃない。


 ズレてる。常識がない。相手の身になって考えられないから仕事で失敗する。


 あの小林の言葉をそのまま受け止めてしまったら、私はあのグルグルの中に閉じ込められる。二人の人間から言われてしまったら、逃げ場がなくなる。だから、私は芽生の言葉がどんなに正しくて正論であろうと、あの言葉を聞きたくないのだ。


 本当は芽生は間違ったことは言ってない……。


 知ってる。私はあの日、二人の人間から同時に、直し方のわからない痛い場所を突かれた。


 普通がなんなのか、わからない。


 間違っているから許せないんじゃない。間違っていると、どうしても言えないから。

 正論が痛いから。


 鋭い指摘を、間違っていないと私が感じてしまうからこそ、抉るように突きつけることが、許せないのだ。


 それを、芽生には言いたくない。


 芽生がこれ以上傷口に塩を塗り込まないでいてくれるのなら、芽生をこんなに泣かせるような真似を続けるつもりはなかった。


「明日――明日」


 明日からも、いつもの毎日を過ごしたい。


「明日、プリン食べたい。苺が乗ってるのがいい」


 芽生のことは、許す。というか、私は、ズレた自分が許せないのであって、芽生自体はすでに許してるからな。

 追放しないための「ざまぁ」をちゃんと書いたからな!


「ぜったい明日作るぅぅぅ」


 いつも澄ました顔の芽生がぐしゃぐしゃの顔で泣き出す。こんなに可愛い反応を返す人を、許せないはずがない。ただ少し、少しだけ優しくなってくれれば、手加減してくれれば。私を「普通」の外側に追放しないでいてくれれば、私は芽生と一緒にいられる。私は芽生がいる日常が終わってほしいわけじゃない。


 無遠慮な目で見抜いて裁きを下さないでいてくれるなら、醜くズレた私の本質ではなく、全身を覆うキャラクタースーツのほうを愛すると言ってくれるなら、私は日常を続けられる。


 ……誰に愛されてるっていうんだよ。

 ――わたしに。


 ゆるキャラで良い。敬意を持って愛されるなら。

 芽生の背中に手を伸ばした。今日は振り払われなかった。


「私が、急に怒るのなんて、いつものことでしょ。そんなに泣かなくてもいいでしょ。わかったよ。私、芽生にとってゆるキャラだったんだね。わかったから」


 芽生は私を見上げて、ありがとう、ごめんなさい、と言うかわりに、涙声で言った。


「短足のやつぅぅぅ」

「うるさい、なぐさめて損した!」


 ……こいつは懲りねえな全くもう!

 ゆるキャラ扱いでいいけど敬意も持てよ!?

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