第29話 サラダチキンで我慢したり
冷蔵庫からサラダチキンを取り出して、パックをあけてそのまま直に食べようとした時、あおいの部屋のドアが開いた。
外に出るときのパーカーだ。
そのまま齧ろうとした姿を見られたのを恥ずかしく思い、仕方ないので皿を準備しながら、はて、どこに出かけるんだろうと様子を窺う。
眠くなりかけているんだろう。目が座っている。グーにした拳でまぶたをぐりぐりとこすりながら、彼女は引き出しを漁っている。硬質な音が響く。鍵とキーホルダーがぶつかる音。自転車で出かけるつもりらしい。
「でかけんの?」
「飲んでくる。焼き鳥の『だいち』って、あそこ十二時ぐらいまでやってたよね?」
やってるのはやってるだろうが……。
「え? だいちに行くの? なに? 一人でってこと? 今から?」
二十三時過ぎてるぞ。
「なんか猛烈に焼き鳥が食べたいんだよ」
焼き鳥。共感しかかる。
「一人ならやめなよ。やけ酒飲むなら、誕生日のが残ってるでしょ」
明らかに目座ってるし。眠そうだし。飲み屋に変なオッサンいそうだし。
「お酒じゃない、焼き鳥がいいの。あそこの軟骨が食べたいの。あとつくねとレバーとハツとぼんじり」
「はぁ!? こんな夜からバカじゃないの! 店舗で食べるなら一杯飲むでしょ? 自転車で行くんでしょ。帰り危ないでしょ」
あおいはうるさそうに手を振った。
「心配いらなぁい。芽生は先寝てていいよ。サラダチキン食べて寝てなよ」
「わたしだって焼き鳥食べたいのに! 何なの」
うっかり言ってしまった。あおいが呆れた視線を返してくる。
「何なのってそっちが何なの? 食べたいなら一緒に来ればいいでしょ。おいでよ」
いや無理でしょ。この時間で、ギリギリで自転車で行こうとしているのに。
「ダイエットがどうとかで、どうせ来ないでしょ。芽生はサラダチキン齧ってなよ」
「一緒に行きたいけど、自転車に追いつけない」
そう。わたしは自転車を持っていない。漕げないからだ。子供の頃に練習せずにいて、タイミングを逃した。
そして、あおいと二人乗りで焼き鳥屋まで行くのは、無理だ。自転車の後ろに乗せてもらったことがあるが、数メートルで断念した。二人乗りできるほどのバランス感覚は、あおいには無い。
玄関で靴をはこうとするあおいの腕を引きとめた。
「明日、焼き鳥食べよう。明日の夜ごはんを焼き鳥にしよう。わたしの奢りで買ってくるから」
「芽生の分もお持ち帰りにしてあげるよ。今、どうしても鶏が食べたいんだってば」
「あおいには、女子力ってものが本当にないよね。深夜に焼き鳥とかオッサンかっての。サラダチキンを一緒に食べよう」
「え〜〜」
肉食獣のように食に走ろうとしている時にヘルシーな食事を押し付けると、あおいはいつも迷惑そうな顔をする。今も、こいつ面倒くさい、という表情で膨れている。
「パッサパサだよね。サラダチキン。パッサパサ」
「最近のサラダチキンの……美味しさをご存じない?」
明日の夜に一緒に焼き鳥を食べるために、熱弁した。バジルうまい。塩レモンうまい。プレーンももちろんうまいのだと。
「サラダチキンは進化してるんだよ。あおいに、特別に、新しく出た味のをあげるから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます