第28話 焼き鳥を食べたくなったり
プリンマニアさんの応援コメントにコメントを返し、しばらく、下書きに没頭する。
プリンのやわらかさをどう表現しようか、言葉をこねくりまわし、ネットで検索をかけまくる。『類語 やわらかい』。
しなやかな、弾力性のある、柔軟な……。
違うな。プリンはもっとこう……。
芽生のいつも見せないやわらかな雰囲気がちらちら浮かんだまま、どのぐらい「やわらかい」という単語に集中していただろうか。
やわらかい、を考える間、私はずっと芽生を心に浮かべていた。身体から溶けるように漏れた、海老を食べた芽生の「しあわせ……」という声を。いつも背筋を伸ばしている芽生の、力の抜け切ったやわらかそうな身体を。プリンを私のスプーンから受けた芽生の、蕩けきった表情を。
同じ姿勢を続けすぎて腰が痛くなってきた頃、携帯に通知が入った。
連絡が一通入ったことを表す数字が、LIMEのトークルームに表示されていた。
@ purinmania:鳥について思いを馳せすぎました。おつぼねぷりんさんのせいで、焼き鳥が食べたくなった。どうしてくれますか
なに言ってんだ――。
思わず笑いが漏れた。
自分の小説の更新時間を見て、携帯に表示されている時間を見て、応援コメントの入った時間を見て――突っ込みを入れたくなった。
プリンマニア、コメント入れてから五十分も鳥について考えてたのか?
そりゃ腹も減るし焼き鳥だって食べたくなるわ。
おつぼねぷりん:せっかく書いた小説のイメージを、焼き鳥にされました。どうしてくれますか
@ purinmania:おつぼねぷりんさんが焼き鳥食べたら、脳内イメージを生きてるやつに戻してあげますw
おつぼねぷりん:なんで私が食べるんですか(笑)食べたいのプリンマニアさんなんだから、自分で食べなさいw
意外だった。LIMEの空気がそうさせるのか、プリンマニアの放った焼き鳥の恨み節がそうさせるのか。つい突っ込みたくなる。プリンマニアもそれを狙ってしているかもしれない――何を話せるだろうと不安だったのが嘘のようだ。まるで何度も会話したことがある友達とのように、すんなりと会話が続いた。
@ purinmania:夜中に食べたら太るし
こういうところが、特にだ――芽生を相手にしている時に近い、気安い感覚が入り込む。
おつぼねぷりん:それを私にやらせる?w 鶏肉はだいじょうぶでしょ。私のルームメイトが、よく言ってますよ。夜中食べるなら甘いのじゃなくて野菜、せめて肉にしろって
@ purinmania:サラダチキンならいいと思いますけど、焼き鳥はどうでしょうね。飲まなければまぁいいのか。っていうか、おつぼねぷりんさん、ルームメイトと一緒に住んでるんですか
おつぼねぷりん:同い年の子と住んでますね
プリンマニアのなめらかな返信が、短い間、止まった。
@ purinmania:プリンは食べさせあってる?
おつぼねぷりん:まぁ、食べてますね
プリンマニアからの返信が遅い。絶対、思っている。プリンを食べさせあってるルームメイトの事が好きなのかと。私ならそう思う。そのシチュエーションで百合書いてるんだから、それは、普通、そう思う。
おつぼねぷりん:そういうのじゃないです。プリンのじかんに書いているような、和美みたいなああいう気持ちはないし、そういう関係じゃないですけどね。ネタとして借りることはあるけど。あれをあのまま小説にしたら、タグは百合じゃないですね
@ purinmania:なんのタグですか?
おつぼねぷりん:復讐
@ purinmania:プリンを食べさせあう「ざまぁ」? ……どういう関係ですかそれは!(笑)
小説投稿サイトでは、「ざまぁ」というジャンルが流行っている。主人公をいじめる嫌なキャラを、最終的にドン底に落として、読者がスッキリする。現代人どれだけストレス溜まってんだと突っ込みたくなるタイプの復讐ものだ。
復讐でエロ小説を書いている私には、突っ込みを入れる資格は全く無いけど。
@ purinmania:ざまぁか。なるほどわからん。追放ありですか?
おつぼねぷりん:なしです。追放をしないための復讐
書いて、あれ、と思った。そうか。私は、追放をしないために、復讐してるのか?
っていうか、追放って、たいてい先にくるよな。自分が追放されて……。
――人の部屋勝手に入らないで!
芽生の言葉が思い出され、ああ、これまんま、ざまぁじゃないか、と思い至る。追放されたから復讐してるんだ。
@ purinmania:わたしが焼き鳥を食べたくなってることに対しての復讐をどうしよう
おつぼねぷりん:食べたいなら食べなさいってw 近くに飲み屋とか焼き鳥屋とかコンビニとか無いの。業務スーパーいいですよ。焼き鳥売ってる。しかも安いです
@ purinmania:少し歩かないと、お店無いんですよ。冷蔵庫にサラダチキンがあるだけです
おつぼねぷりん:それ食えw サラダチキン
@ purinmania:ネギマ……ネ ギ マ ……鶏皮……TO RI KA WA ……おつぼねぷりんさんに、焼き鳥光線をあびせてやる。炭火焼の煙、鶏肉についた焼き色、香ばしい、鶏皮にわずかにかけられた塩と、鶏の油の香り。口の中に広がる肉汁、少し赤めに光るやわらかそうなレバー。香ばしい、ああ香ばしい。う~~。でも、パジャマも着ちゃったしね。サラダチキンにしますよ
おつぼねぷりん:はいはい。サラダチキン食べたら早く寝ましょうね
プリンマニアから、はーい、という返事のスタンプと、たいへんお邪魔しましたのスタンプ、そして、おやすみのスタンプが送られてきた。
おやすみスタンプを送り返した後、猛烈に焼き鳥が食べたくなった。
くそ、呪いが本当に効いてきやがった。プリンマニアの書くことは有害だ。
つくね……口の中でほどけるつくね……コリッコリの軟骨、塩味の効いた軟骨……ねぎから肉汁が滲み出るネギマ。ハツ、ぼんじり。
私は少し迷ってから、パジャマから簡単なスウェットに着替えて、パーカーを羽織った。自転車で行けば閉店までに間に合うよな? ラストオーダーの時間考えたらギリギリかな。あの飲み屋は持ち帰りできる。その場で食べるのダメって言われたら、持ち帰りだけでもできないか。
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