第34話 ブリッジさせたり


 もうムカついた。

 ほんとムカついた。今までで一番ムカついた!


 イライラする。

 なんだよ。「いじりたい空気ある」って。どういうことだよ。


 あんたにも、いじられる原因あるんじゃないの? だ?


 クッソ、ふっざけんな!

 いっちばん腹立つこと言いやがった!


 いじりたい空気あったらいじっていいのか、いじってやるよ、ああいじってやる、小説の中でな!

 おまえが今いじられる原因は、その毒舌だよ。


 プリン小説の下書き画面を開く。


 今日のプリンは途中まで本当に癒しだったのに。会社でのストレスを一瞬忘れられたのに。誕生日のプリンも幸せだったのに。毒舌女のせいで台無しだ。


 リビングで皿を洗っている音が聞こえる。私の皿を、芽生が黙って洗っている音が。そのまま出てきてしまった。怒っているのがわかっているのだ。皿を洗っているのに、貸しがいくつと叫んでこない。


 人に皿を洗わせておいてやることでもないかもしれないが、いま「私が洗う」、「いいよ、自分でやるよ」「ありがとう」そんなことを言うことはできそうにない。「勝手なことすんな、皿をかえせ」と怒鳴ってしまいそうだし、素直に皿を返されれば、余計に火がついてしまうのは明らかだ。

 とにかく今はだめだ、芽生とは話したくない。プリンの皿も見たくない。


 会社での一幕を、細かく聞いたわけでもないくせに。外側だけみて判断しやがった。


 あんたにも、いじられる原因あるんじゃないの?


 私はそんなに変か。なにか人と違うのか。芽生には見えているのか。原因は私か。そんなにえぐるような事を、なんでそんな事を。


 今日は許さない。


 ――判決。被告人を、裸でブリッジ、及び、目を見開いてスプーンペロペロの刑に処す。

 

 本気でムカつく!

 ……どういう流れでブリッジさせよう。


『私は、プリンの皿を洗ったあと、』


 いきなりブリッジのほうが変態性は上がる。

 いやもういい、いきなりブリッジで変態と化せ。そうしてやろう。


『私は、プリンの皿を洗ったあと、服を脱いでブリッジした』


 不自然すぎる。理由がないだろこれ。リアリティがなさすぎる。

 私は怒涛の勢いでバックスペースを押しまくった。タタタタタタといら立ちを表す音を立てて文字がカーソルに食われていった。


『残った空の皿。しかし私の体には、プリンが確実に入っていったのだ。ああ、あの幸せなプリンが、私の喉から食道へ、胃へ……私の身体にしみわたっていっている』


 ううむ。ブリッジにつながらない。ああくそ!


『桜に食べさせてもらい、食べさせたプリン。ふと、幸せなプリンを、全身で味わったらどんな感じだろうという、悪魔的なひらめきが私に降って来た』


 うんうん。ひらめきって突然だからね。いきなり変なところにつながる。それがひらめき。ええくそ、もっとひらめけ。


『プリンを自分の体に塗ってみたい……お肌にもいいかもしれない。人より美しくあれ。愚民どもを見下すためには、卵を使ったあのプリンを肌に塗り、官能のままにホルモンを蘇らせる。それが一番だろうと思い至った』


 うん。愚民とか思ってそうよ、あのマウンティング女子は。いいんでない? リアリティある。いいんでない?


『服を脱ぎ、スプーンを手にとり、しかし……肝心のプリンが、皿に残っていないことに気が付いた!』


 鮮やかに映像で浮き上がってくる。芽生の、プリンが皿に残っていないことに愕然とする表情。前に、プリン無くなってる! って叫んで、そんな顔したからな。犯人は私だ。冷蔵庫にそれしかなかったから、食べた。ざまあみろ。


『肌で、身体表面でプリンを感じられないのなら、中で感じるしかないだろう。私は体をくねらせ、さっき食べたプリンが体の中を通るさまを想像した』


 食後の体をくねらせろ。喉をのけぞらせろ。そうだ……無駄にいやらしいぞ芽生。


『くねらせたとたん、胃もたれを感じた。プリンの食べすぎかもしれない。私はヨガの本のページを高速でめくる。消化機能、の単語を探す』


 エンターキーを押すたびに、私の苛立ちを表すようにキーがバチバチと音を立てる。


『――消化の改善、これだ……。

 胸からお腹にかけてストレッチされます、内臓がやさしく刺激されて消化機能の改善にも。』


 そうだ、いけ。


『そうだブリッジだ。ブリッジのポーズが最適だ。

 消化機能を改善し、胃もたれしない体を作る。強い橋のように四肢を地に張る。消化の炎アグニがいま目覚め、ゆっくりと熱く身体を燃やす。体をブリッジのように反らせる。ハァハァハァ…… 呼吸を深め大地と一体となり、やがては宇宙と一体化する。呼吸を深く……ハァ〜〜、ハァ〜〜、……私は今、さっき桜と一緒に食べたプリンとも一体化している』

 

 いくんだ。そっちに繋がれ。そうだ芽生。

 ――イけ! さっさとイけっ!


『宇宙のなかでいままさに、生まれたままの姿で、桜と繋がっている。離れていても、宇宙を構成する原子の世界からみれば、私たちは地続きのようなものだ。いままさに、自らがかけ橋となり、結ばれたのだ! なんという恍惚……消化の炎と恋の炎が身体を舞い上がる。二人の愛の交換をしたスプーンを口にしたとき、私の舌は、流れ込む天上の恍惚を一さじたりとも逃すことのないよう、動いていた。ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ!! 興奮のあまり目を見開いて叫んだ、うくくけけけけ!』


 フッ。


 やってやった。完成した、芽生の全裸ブリッジが。

 ざまーみやがれ!


「うくくけけけけ」


 幻聴まで聞こえたと思ったら、自分の口から漏れた笑い声だった。


 よし! 許す!

 私は勢いのまま、青いボタンを押した。





※この小説はフィクションであり、登場人物、団体名、流派、ポーズの効果、技法等は全て架空のものです。


首をおかしくするといけませんので真似しないでください。

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