第22話 プリンを献上されたり

「で」


 あおいが冷蔵庫から、ショッキングピンク地に黄色や水色のポップな水玉が描かれた箱を出してきた。


「これが本日のデザートだから」

「それ!」


 思わず立ち上がりそうになった。

 あおいは、ん? と笑顔でこちらを見ながら、プラスチックのパフェ容器に入った豪華プリンを箱から出して、デザート皿の上に乗せた。


「横浜に新しくできたお店なんだって。マニアックプリン? だっけな。うん、マニアックプリン。買いに行ったら、内装がプリンだったよ」


 あおいが箱からスプーンを取り出しながら、もう一度箱の側面を見て、店名を読み上げた。


 わたしがちょうど、先日食べたいと思っていた……おつぼねぷりんにまで紹介した店のプリンが目の前にあった。


「これ、美味しいって聞いてる。食べたいと思ってたんだ」

「そうなの? じゃあちょうどよかった」

「ありがとう!」

「どーぞ召しあがれ」


 スプーンをとり、いただきます、と言ってから、あおいがわたしを見ているのが気になった。


「あおいが苺かと思ってたけど、こっちがよかった?」


 用意されていたプリンは二つ。片方はカスタードクリームに苺のトッピングで、もう片方は生キャラメルとチョコレートのトッピングだ。てっきりあおいが苺を食べると思ったが。


「うーん、ちがくて」


 もしかして……。

 心臓が小さな音をたてて、甘い泡を弾けさせた。

 あーんして、とか、そういう?


「あーんで……食べさせてほしい?」


 気がはやって聞いてしまった。


 わたしの好きなものばかり準備してくれた……買い物もしてくれた、きっといつもみたいにスーパーのレジ袋はパンパンで、取っ手を指に食い込ませて、うんしょ、と玄関に一度置いたはずだ。

 あおいが準備をする一部始終が目に浮かぶようで、愛しくてたまらない。


 シチューを作ってくれた、わたしのために時間を使ってくれた。わたしのために――。あおいの今日の数時間が、わたしのものだった。それだけで誕生日が特別になる。


 いじらしいあおい。天使の輪が出来ている髪を撫でたい。

 ああ、あおいをとろっとろに甘やかせたい。あーんでプリンを食べさせたい。


 あおいは笑って首を振った。


「あのさ」


 あおいが、わたしの横に椅子を移動させた。


「芽生が作ったプリンは、芽生が崩すんだよね?」


 そうだね、作ったのはわたしだからね。この前そうこじつけた。


「じゃ、私が買ったプリンは?」


 息が止まりそうになった。


「あおいがやるの?」

「だめ?」


 だめ? じゃないよ、なんでそんな、どういうつもりでそんな可愛い――、クッソ可愛い! 何のつもりだ、どうしてくれよう!? いったいどうした、好き好き光線送るぞコラ。


 わたしはあおいにスプーンを渡した。


「なんで急にそういう気になったの……」

「いつも、芽生が変に楽しそうだし。食べさせる側も、一度は体験しとかないとなぁって」


 わたしが楽しいのは、あおいを好きだからだ。あおいとプリンの組み合わせがヤバいのであって、わたしにそれをやってあおいが楽しいかは保証できないんだけど。


「あーん」


 あおいの、あーん、という声が甘酸っぱい。


 パフェ用のスプーンじゃなく、コンビニの小さなプラスチックのスプーンであったなら。うっかりを装って、あおいの指ごとスプーンを咥えてしまいたいと思ったかもしれなかった。


 まずはトッピングの生キャラメルから。


 ……ゔお! 生キャラメル、塩っけ効いてる、最高。


 プリンのスプーンが近づいてくる。スプーンがパフェ用で長いせいか、不器用なあおいが運ぶプリンはいつもよりプルプルしている。


 わたしがいつも柔らかいプリンを作るから、柔らかめをセレクトしたんだろう。口に入れたとたん、とろんと広がる濃厚な味。


「ウマ……! 黄身、多めにしてるのかな。こっれウマ……!」

「あ、ほんと?」


 あおいが飛びつくように、自分のカップからすくってプリンを食べた。


「美味しい、これ!」


 そして、またわたしにプリンをすくった。

 スプーンをかえるのを、完全に忘れているあおいに、声はかけなかった。


 わたしは潔癖症だったはずで。

 あおいの使ったスプーンだけが、舐めたいのであって。


 やったのがわたしなら、わざとらしいと感じたかもしれないが。

 あおいがやってる間違いは、あおいのせいなんだから、言わないわたしは悪くないよね?


 気づかなかったんだから。わたしは気づいてない。だから、仕方がない。悪くないよね? テキトー女子のあおいは、回し飲みとかも気にしないもんね?

 わたしはマニアックプリンの特別豪華なプリンを、いつも以上に味わっているだけ。


 誕生日にあおいにあーんで食べさせてもらうプリンは、まるでピンク色のローズクォーツが飴玉になって溶け出すみたいに、わたしの中で溶けながら、身体の力をとろとろと甘く優しく抜けさせていった。

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