第23話 もっと話したくなったり

 近況ノートは新しく上げると広く公開されてしまう。

 プリン紹介をしてくれたのはプリンマニアさん一人だから、お礼を広く公開する必要はない。

 私は、プリンマニアさんのプリンの紹介コメントの一番下に、自分のコメントを追加した。


おつぼねぷりん:

>プリンマニアさん

プリンの紹介ありがとうございます。結局マニアックプリンのプリンを買いに行きました。友達、食べてみたかったところのだって、喜んでいました。私も食べましたが、甘すぎないプリンで、とろとろで、美味しかったです。内装もテーブルがプリンを模していたりして可愛かった、一度お店でも食べてみたいと思いましたね。こんなに沢山の貴重なプリンの紹介、本当にありがとうございます。


 しばらくすると、プリンマニアさんからのコメントが増えていた。

 小説更新したときに、ついでに見にくるだろうとは思っていたが、よくこのタイミングで気づいたな。私も、他の作家さんの近況ノートに書きこんだあとに、何か返信がないか見に行くことがあるから、ちょうどそういうタイミングが合ったのかもしれない。

 

 近況ノートのコメントでは、個人宛に返信ができない。近況ノートを書いた作者はコメントが増えれば通知で気づくが、そのコメントに作者が返信しても、相手に通知は行かない。つまり、どんなに「プリンマニアさんへ」とコメント欄に入れたところで、たまたま見に来てくれなければ気づいてもらえないのだ。


@purinmania:

・:*:・:(*´д`)(´д`*)ネー:・:*:・

デートにもいいお店ですよねー。


 それがプリンマニアの返信だった。


 顔文字がカップルみたいだったので、つい書き込んだ。


おつぼねぷりん:

デートでもプリン食べに行ったりするんですか? プリンマニアさん。


 うっかり、LIMEのような気安さで返信したが、そこは所詮通知の行かないコメント欄だ。相手がコメントに気づくのも返信が来るのも遅くなる。っていうか、いったん話を締めたと思われて、やっぱり気づかれない可能性があるわけで。疑問形のコメントしたのはまずかったかな……。

 後悔していると、鈴のマークに赤い点がついて、コメントが増えた。


@purinmania:

行かないですね。デート自体ね。絶賛片思い中です。


 片思い? プリンマニアさん、好きな人がいるのか。片思いか。相手はどんな人なんだろう。男性なのか女性なのか。プリンマニアさん自体は女性だろうか。可愛いプリンのお店をたくさん知っている、内装がプリンになっているお店を紹介してしまうような人。


 今なら、多分、コメントを入れればプリンマニアさんは読んでくれる。リアルタイムの会話みたいになっているから、何か書かれていないか、画面の読み込み直しをしてくれるだろう。


おつぼねぷりん:

片思いですか。マニアックプリン、誘ってみたらどうですか? 私なら、一人じゃ行きにくいからってあのお店に誘われたら、ちょっと行ってみたくなります。内装が面白いし。

告白とかしないんですか?


 画面を読み込みなおすと、またコメントが増えていた。


@purinmania:

お店に誘うのはともかく、告白は多分、一生しませんね。


おつぼねぷりん:

どうしてでしょうか?


 突っ込みすぎだ――。思った時には遅く、私はその質問を返してしまっていた。大きなお世話だと、遠回しに書かれてもおかしくない、不躾な質問。


 画面を読み込みなおす。何も返事はない。

 まずった。本当に突っ込みすぎた。失礼すぎる、プリンマニアさんの事情を考えもせず、簡単に「どうして告らないのか」とか。そんなに仲良くもないのに。


 もう一度画面を読み込む。コメントがあるという通知の赤いマークも、コメントも、何一つ増えていない。


 すみませんでした、とコメント欄に入力しようとしたとき、サイト上部の鈴のマークに赤い点がついた。画面をもう一度読み込む。


@purinmania:

相手が同性だからですね。ちょっと簡単にはできませんね。


 心臓がふいにどくんと脈打った。

 この人は、いま、本当にナチュラルに、私が一度も出来た試しのないことをした。


 百合小説を書いておきながら、私は一度も、同性が好きだと、自分自身のこととして、文章で公開したことはなかった。

 エッセイも書いていないし、近況ノートにも、匿名の掲示板にすら書いたことはない。


 プリンマニアさんは同性に恋をしているのか。どうしてそんなに簡単に、言えるんだろう。こんな場所に書いてしまえるんだろう。


 震える手で、コメントを追加した。あまり返信が遅いと、引いてしまったと思われそうだったからだ。


おつぼねぷりん:

同性なら、プリンのお店に誘うのは、逆にやりやすいかも?


「すんなり受け入れての返信」ぽいものをどうにか返す。どうして私の手は震えているんだろう。

 プリンマニアが明かしてきたから、私も言わなきゃフェアじゃない気がしているのか。


 ――でも。でも私は。


 プリンマニアからのコメントが増えた。


@purinmania:

おつぼねぷりんさんは、プリンのお店でデートしたりしないんですか?


 ――私も。私も――好きになるの、同性なんです。


 そう書き込むことは、できなかった。書いたら、認めてしまうことになる。いや、ずっと前から、頭の中ではわかっていた。でも、書いたら、はっきりさせてしまうことになる。人前ではっきりさせてしまったら、自分の中でもはっきりしてしまう。


おつぼねぷりん:

付き合ってる相手いませんから、デートはしないですけど。でも、あのお店なら友達誘って中で食べてみようかな。固いほうのプリンも気になるし、一人でもいいからイートインしようかな。あの内装は女子の心をくすぐりますね。


 自分の恋愛傾向はなにひとつ明かさないままの返信に、しばらくしてから、プリンマニアさんがコメントを入れてきた。


@purinmania:

おつぼねぷりんさんって、どんな人が好きですか。


 質問に、体を抉られるような気がした。


 同性に片思い中の、プリンマニアさん。


 あなたなら、私が、高校時代に好きになった人が同性だったと言っても、普通に聞いてくれますか。

 私は共感をもって百合小説を読んでいますが、プリンマニアさんもそういう感覚で読んでいますか、友達が恋バナしている時、寂しくなったりしませんか。

 自分だけ砂の中に埋もれて何一つ話さない、ただ音もなく周りの砂が流れ込んでくるだけのような無音の時間。私はどうしたらいいんでしょうか。存在を、誰にも見つけてもらえない。

 孤独ってどんな感じだと思いますか……私は、暗いとか、そういうことではなくて、無音だと思うのです。聞こえない、のではなくて、音が、無い。

 大勢のなかにいて、笑顔でにぎやかにしゃべりながら、私は、ずっと無音の時間のなかにいて、耳を塞ぎたくなっている。

 私がこういうことを言ったら、プリンマニアさんは、普通のことのように、聞いて、自分の気持ちを答えてくれたりしますか?


 私は言えないのに。誰にも言えていないのに。


 プリンマニアさん、怖くないですか? どうして同性が好きだと、サラッと言えるんですか? 

 初めて言う時、抵抗ありませんでしたか? 自分でそれを認めるのは、大変ではなかったですか? 


 私は本当に聞いてみたい事を、飲み込んだ。


 いまこうやって、プリンマニアさんに言おうとするだけで、手が震えてくる。


 小さな子供の声が聞こえる。必死で訴える声が。

 怖いよ、鬼がくるよ、鬼はきっと笑いながら石を投げてくる、ここからいなくなれって、きっと石を投げてくる。やめて、痛い、痛いのは、やだ――わたしここで隠れてる、ぜったいにわたしを攻撃しないひとが現れるまで、ここから出ない。ぜったいに。


 プリンマニアさんは、どうして。


 私は


 入力しようとする手が止まる。


 私は、


 入力できない。たった数文字を打つだけに、おそろしく時間がかかっている。どうしても、入力できない。


 私は、それが、


 胸が急にずきずきと痛んできて、高校の時に好きな人に好きだといいかけて、飲み込んだときのあの痛みが戻って来たのだとわかる。


 私は、それが、書けません。


 こんなことを書いたら、多分、わかる。書くのに抵抗があるのだとわかる。そして、何に対する抵抗なのか、きっとプリンマニアさんにはわかってしまうだろう。


おつぼねぷりん:

私は、それが、書けません。

プリンマニアさんは、どうして書けるのですか。私が書けないことを、書けるのですか。ネットだから、書けるのですか。私はずっとクローゼットで来ました。


 投稿ボタンを押す。

 しばらく待ってから、読み込んだ画面に変化がないのを見て、急に全身がかたかたと震え始めているのを自覚した。


 出ておいで。もう隠れんぼは終わりにしていい。私は鬼じゃないから。こわくないよ。


 出ておいで。

 出ておいで。

 出ておいで。


 初め優しい声で聞こえた、楽しそうなお誘いの声は、少しずつ迫力を増し、ドスの利いた地の底から響く声になり、私は鬼が出てくる予兆に身を縮める。


 出ておいで。


 顔を隠していた自分の手をはずして見ると、手のひら、手首、腕――自分を守ろうとして、皮膚が固くぼこぼこと隆起しているのに気がついた。いつの間にか、自分のからだが変わりかけている。鬼の見た目に。いつから変わったのだろう、人々に嫌われ怖がられ逃げられる異形の姿に。もしかして初めから、鬼は、私だったのか。


 出ておいで。


 イヤだ。こんな姿では出られない。

 誘ってこないで。話しかけないで。


 はじめ鬼の姿で石を投げようとしていた異形の集団は、だんだんと人の形になっていき、私はそこに、現実の人間の顔をはっきりと読み取ることができる。芽生や、母親や父親、会社の同僚、友達、ひとつひとつの顔が輪郭を描き、はっきりとその表情まで詳細に浮かび上がってくる。


 彼らは人間だった。

 石を持ち、ここから失せろと、忌避の表情をする、その表情が一つ一つ、愛してきたはずの、人間らしい、それだった。


 私だけが、ちがうんだ。

 

 小さな石がひとつ、肌にあたって、痛みが皮膚を突き抜けて骨に響いた。

 

 こわい。

 そこには、行けない。


 無理。このままにできない。

 私は震える手で、一度公開したさっきのコメントの削除ボタンを押した。


 プリンマニアさんが読んだ後かどうかは知らない、でも、そのままにしておけなかった。


 どうして、書けたの、プリンマニアさん。

 どういう、人なの、プリンマニアさん。


 急に頭の中にプリンマニアさんに対する「聞きたいこと」が溢れてくる。私は、震えを振り払おうとして、助けを求めるように、別の新しいコメントを入れていた。


おつぼねぷりん:

プリンマニアさん、マニアックプリンで待ち合わせて、一緒にイートインしませんか。会ってみませんか?


 そして、そのコメントを、投稿した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る