第24話 説教したり
――ガチだ。完全にこれは、当事者だ。
おつぼねぷりんのコメントを見て、どういう意味か、すぐにわかった。
私は、それが、書けません。
プリンマニアさんは、どうして書けるのですか。私が書けないことを、書けるのですか。ネットだから、書けるのですか。私はずっとクローゼットで来ました。
書けないといいながら、これは、ほとんどカミングアウトしているようなものだった。
クローゼット。
そもそも、百合萌えして書いているだけの人が、この単語を引っ張り出してはこない。
ゲイやレズビアンが自分がそうだと告白する「カミングアウト」という言葉は、そもそも、come out of the closet 、「クローゼットから出てくる」という言葉から派生している。
クローゼットとは、LGBTが使う暗喩の言葉で、「セクシャルマイノリティであることを、周りに知らせていない、クローゼットに閉じこもったような」状態をさしている。
つまり、おつぼねぷりんの書いた、「私はずっとクローゼットで来ました」というのは、誰にも伝えずに隠してきた、そういう意味だ。
たぶん、彼女は、――さっき、女子の心をくすぐる、と書いていたから、おつぼねぷりんは女性だろう。おそらく、彼女は、何らかのセクシャルマイノリティの当事者だ。
そして、「どういう人が好きか」に対しての返事だから、性自認、じぶんをどの性別と感じるか、ということについて言っているわけではない。性的指向――どの性別を好きになるか、についてのコメントだ。
わたしもそうですよ、今おつぼねぷりんさんにこの場でコメントしたのが、初めてです。だから書くのをためらったし。
――でも、おつぼねぷりんさんの事が知りたくて。
コメントを入れようとして、くせで画面を読み込みなおし……。
「あ」
おつぼねぷりんのさっきの文が、完全に消えていることに気がついた。
おつぼねぷりん、削除した。さっきのコメント。
怖くなったのかな。
確かに、さっきのは、わたしが誘導尋問したようなものだったし、覚悟が足りないまま書いてしまって、しまったと思って消すのは、おかしいことではなかった。
――大丈夫かな。
心細い思いをしているのではないだろうか。
わたしは、クローゼットという単語より、「押し入れ」という日本語のほうが、合っているんじゃないかと思う事がある。
自分が閉じこもるというだけでなく、わたしは、時々溢れそうになる気持ちをそのまま、ぎゅうぎゅうと見えない場所に押し入れて閉じ込める。「押し入れ」こっちのほうが、わたしの感覚的には近い。
クローゼットという単語を使う事で逆にカミングアウトしてしまうことが怖いなら、わたしたちだけの中で、「押し入れ」って言うのはどうでしょうか。
でも、そんな事書いたら、今のおつぼねぷりんは逃げてしまいそうだ。
もう一度画面を読み直したとき、コメントが増えていた。
おつぼねぷりん:
プリンマニアさん、マニアックプリンで待ち合わせて、一緒にイートインしませんか。会ってみませんか?
え?
ドクン……心臓がうるさい音をたてて脈打った。
会ってみませんか、の文字が、確かにそこにある。
あんなに気になっていた、おつぼねぷりんに。
おつぼねぷりんに会える。
おつぼねぷりんが、わたしと待ち合わせて、行きたかったマニアックプリンで、プリンを食べる?
わたしとプリンを食べる、と……?
プリンはわたしにとって、かなりイカガワシイ食べ物ですが、わかっていらっしゃるか?
イートインってなんだっけ? ベッドインとは意味ちがう?
イートもベッドも三大欲求の一つだよね? ってことは同じじゃね? 「性癖、プリンマニア」がプリンをイートインする時点で、ベッドインと同じじゃね?
場所を変えてベッドでイートしたら、それはもう完全にベッドインじゃね?
脳が混乱して言葉遊びを始めた。
たとえばラブホにプリンをテイクアウトした場合、それはテイクアウト? イートイン? ベッドイ……。
あ、これ、わたし、今、変なやつになってる。なんか変なこと連想するバカになってる。
おつぼねぷりん、こんなバカな変態に、何ということを!
わたしはコメントに、
そういうの、やめたほうがいいです。
そう打ち込んだ。
こいつ、大丈夫か? いくらなんでも、ネットで知り合ったばかりの相手に、いきなり「会ってみませんか」はないだろ。
警戒心なさすぎだ。あおいじゃあるまいし、いや、あんたほんとヤバいよ? わたしですら、ベッドでイートとか訳の分からないことを連想するんだから。わたしですらっていうか、そもそもわたしがおかしいやつだったら、どうするつもりだよ。
ちょっとこれは――。
わたしが、あおいにぶつけることのできない欲求不満を、悪どい方法で満たそうと、その矛先をおつぼねぷりんに向けたら。
わたしが、純粋なファンとして近づいたはずのわたしが、会ってみたら万が一、外見まで好みだったりして、雷直撃ドンピシャズギューン……、おつぼねぷりんに、ストーカーまがいの感情を抱くようになったら。そしてそれが、悪意へ変化したら。
例えば、セクシャリティを知られることを怖がっている彼女に。世間に知られればドン引きレベルの変態お局エロ小説を書いている、彼女に。
わたしが悪魔の取引を提示したら。
詰むぞ。こいつ。
コメントを続けた。
LIMEやっていますか? いまから書くこと、そのまま、してみてもらえませんか?
世の中には、弱みを握ったらベッドでイートとか、くだらないことを考えるクソがいるんですよ。
かまうものか。
わたしはLIMEの機能の一つ、オープンチャットを自分で開設してみながら、そのやり方をコメント欄に打ち込んでいった。
説教してやる。
それで煙たがられても、かまうものか。
※
LGBT……
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、
Gay(ゲイ、男性同性愛者)、
Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、
Transgender(トランスジェンダー、性自認が出生時に割り当てられた性別とは異なる人、もしくは違和感を持つ人)。
最近はLGBTQ+、という表記など色々あるようですね。
Qは、Queer(クイア)、もしくはQuestioning(クエスチョニング)。
+は、他にも色々あるよということで、ここらへんは簡単に言葉で説明はできないので、各自、お調べ頂ければと思います。
(紅色吐息様 ありがとうございます。百合の意味を初めて知ったと言ってくださったので、そういう方も見に来てくださることがわかり、欄外で簡単な説明を加えることにしました。LGBTについては本文でわかるようには書いていなかったため)
※
私は星うらないをやっていて、よく「人の性格を十二種類に分類できてたまるか」という事を言われます。本当にその通りですね。
実際は、人の性格は多種多様、内面にたくさんの反するものを持っています。占星術を深く掘り下げていくと、それが十二種類に分類するものではないことが分かってきます。
占星術で有名なリズ・グリーンという方が、人間は恋愛をするときに、一対一でしているのではない、と書いています。
一人の人間の内面には、少なくとも二つの男性性、二つの女性性があり(父、母、男、女)、母親の影響であったり父親の影響であったりするそれを、自分が体現したり、相手に投影したり、影響したりされたりしながら、引き寄せあって関わりあっていることを、うまく言葉にしています。
つまり、二人の人間が恋愛をするとき、内面では八人の男女イメージが絡み合って恋愛をしあっていると。
少なくとも八人いるわけだから……大混乱ですね。
タイミングや相手の影響によって、自分なんて変わってしまいます。
それを思えば、セクシャリティ、色々いわれますが、一人の人間を、LGBTの四つのどれかに必ず分類できるなんて、そんなはずはないですね。
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