第21話 シチューを献上したり

「ホーワィッ♪ シッチュー!」


 気取った芽生も歌いだす、それがシチューの真の力。だから私はホワイトシチューをよく出すし、芽生の誕生日のシチュー率は高い。


 窓の外はもう真っ暗だ。少しでも気分が上がるように選んだ、彩度の高い黄色いカーテンを閉める。特に花を飾るわけでもないけれど、部屋は明るくなる。夜ごはんの時間に間に合ってよかった。


 私たちの夜ごはんの時間はたいてい八時から九時半の間で、日によって、かなりばらつきがある。


「シチューを出してくれるあおいは天使」


 鍋の中味をみて浮かれだした芽生は、珍しく私を持ち上げる。


「いつも天使だよ」

「天使ってだらしない系だっけ」


 出る出る、口悪い芽生を放っておくと、どんどん人をいじる言葉が出てくる。この辺で止めておかねばいけない。


「悪魔に変貌しようかな」


 取り皿をテーブルに並べながら、言ってやる。


「変貌するとどうなるわけ~?」


 芽生が、人を小ばかにしたように聞いてくる。テーブルにスプーンとフォークを準備する動きは止まらない。早く食べたいんだろう、いつも以上にテキパキと動いている。


「芽生にはタクアンだけ出す。目の前で、私だけシチュー食べる」

「悪魔め……」


 弱り切った言い方をする芽生。こういう芽生は、人をいじる楽しさを理解するのに充分だ。


「誕生日の人にそんな嫌がらせはしないから」


 芽生がきょとんとこちらを見て、壁かけカレンダーを見て、皿でも割ってしまったような顔をした。


「ああ……いつのまにか一つ年取ってる」

「おめでとう、芽生おばあちゃん」

「クッソ」

「口が悪いのに二十五年間も私に殺られず、無事に生きてきた奇跡に感謝しようね」


 海鮮サラダはいつもより色鮮やかだ。まぐろ、サーモン、帆立、海老、思いつく限りの芽生の好きな海鮮をレタスと一緒に盛り付けてある。


「美味しそう! いっただき」

「どうぞー。二十五歳おめでとう。乾杯」


 りんごサワーで乾杯して、サラダから食べ始める。いくつかの缶のチューハイやカクテルがテーブルに並んでいる。一応アルコール類を準備はしたが、二人ともあまり飲む方ではない。一缶も飲めばお酒はおしまいにして、ミネラルウォーターかサイダーか紅茶に移るだろう。アルコール類は残ってしまうだろうけど、テーブルが少し華やかになればそれでいい。


 芽生はフォークに刺した海老を口に放り込んで、しあわせ、という言葉を深い呼吸とともに吐いた。


「ありがとう」

「どういたしまして。なんていうか、モノとしての、プレゼントは、無いんだけど」

「充分」


 しみじみと芽生は言った。一口シチューを口に入れて、はふはふ苦しそうな顔をして飲み込んでから、芽生は食べる手を止めた。

 私をじっと見つめて、急に泣きそうな表情をした。


「どうかした……?」


 シチュー熱すぎて涙目か?


「もし、プレゼントをくれるなら、一生ものがいい」

「どんな?」


 高いのは無理だぞ……っていうか、モノだと女子力の差で、芽生が喜びそうなものが選べない。ヘンな靴下とかを選んで大抵失敗するから、モノではあげなくなったのだ。

 芽生は私の、モノ選びに対する自信のなさを読み取ったのか、私が言い出す前に、モノは要らない、と追加した。


「わたしと誕生日が同じ人を、カレシとかにしないでほしい」


 真意を測りかねて、聞き返す。


「え? どういう意味?」

「誕生日にずっとあおいのシチューが食べたい」


 たまにこういう可愛いことを言う。私はちょっと笑ってしまう。いつもいつも嫌な奴じゃない。だからルームシェアを決めたし、誕生日のシチューだっていつもより丁寧に作ってしまう。


 ガチャとかって、癖になるんだよな。全部当たりだとダメで、適度に当たりが出るとハマっていくんだって。ギャンブル依存症とか、そうだってね。絶妙なタイミングで当たりが出るから、危ないんだ。飛び出す言葉のほとんどが毒舌なのに、たまに私にとっての当たりを言い出すから、外れガチャのような言葉の砲弾を浴びているのに、つい流して一緒にいてしまうのだ。


 こういう芽生は、本当に、可愛い。


「善処します」


 言ったとたん芽生は携帯を取り出し、何かを入力する。


「なに、食事中に」

「検索。善処しますって、なんかあれだった。いい意味じゃなかった」

「ええ……?」

「善処しますと言われたら……本気にしすぎず、努力はするけど期待すんなよって意味に受け取っておいたほうがいいって。書いてある」


 呆れた。


「できる限りであることを理解して、やってくれたらラッキーぐらいに考えましょう……」

「そのとおりだよ」

「一日ぐらいずらしてよ、カレシの誕生日」


 笑ってしまった。


「私は天使なんでしょ? 神様じゃないからね。相手の誕生日を変えられたら苦労しないわ。芽生が一度生まれ変わって誕生日を変えてくるんだね」


 芽生は仏頂面で、いじけたように鶏肉にフォークを突き立てた。


「バースディに死ねと君が言ったから、九月二日はシチュー記念日……」

「死ねまで言ってないし」

「生まれ変わってこいって言ったし」

「誕生日が同じ人と出会ってからでいいでしょ」


 芽生は文句を言いながら、なんだかんだ、シチューとサラダとパンを完食した。


 私が、芽生と同じ誕生日の人と付き合う可能性と、芽生が自分の誕生日に他の人と過ごすようになる可能性。どっちが高いと思っているんだか。

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