第10話 鍋を食べさせたり
芽生は、少し落ち着いたみたいだ。
さっきは驚いた。
人の部屋勝手に入らないで!
訴える声が、あまりに必死で、叫んでいるように聞こえて。中で人でも殺してるんじゃないかと思うぐらいだった。
ひとの秘密を暴くような真似はしたくないし、自分だってパソコンの中身を芽生に見られるのは嫌だ、無理やり部屋に入ろうとは思わない。
でも、そんな私を、ちょっとは信じてくれてもいいんじゃないか?
わざとそんな、嫌がること、しないのに。
まるで、嫌がる芽生の服でも私が脱がしているみたいな悲鳴だった!
部屋に押し入る変質者かよ、私は。
芽生の「入ってくるな」という意志に、私は少し、傷ついていた。
プライドが高すぎんだよ。人のことはだらしない、情けないとかいうくせに、自分だけはできる女でいたいんだ。そんな無駄なプライドのせいで、人に甘えることができない。
芽生がもし、甘えたいと言ったら……私は、いいよというに、違いないのに。上から目線が崩れる瞬間を、私はたぶん、喜ぶに違いない。
でも、私にそんなふうに思われている事を、芽生は許容できないだろう。
こんな芽生には、私は黙って鍋をよそうことしかできない。
私は、プライドの高い芽生の前で、「自分も、こんなことがあって」と悩みを愚痴ることで、芽生の悩みもうちあけてくれるのではないかと、期待した。
お局にいじめられているなんて、情けない話だ。わざわざ話したのは、それで少しでも、芽生の自尊心を削ぐことなく、共通のなにかを語る気になってくれるかもしれない、と思ってのことだった。
芽生は、自分のことは、語ろうとしなかった。
「能天気なあおいに、何があるの」、と言ったな?
言ってない事だって、あるというのが、わからないのか――。私が能天気に見えるのは、私の苦しさの大半が、「言えないこと」であって、芽生にも誰にも、言っていないからだ。それを簡単に、言わないから悩みがないと決めつけて。
芽生は思っている。悩みを共有するには頼りないと。オマエは理解できないはずだと。どうせわからないだろうと、私の手を突っぱねる。
それを――それを言うなら、芽生だって誰にも言ったことのない、私の中心に居座っているものを、知っているというのか? うずくまって、誰に声をかけられても答えてはいけないと怯えている子供の存在を、少しでもわかっているというのか? ネット小説に投稿するしかない、私のこの、どうしようもなさを。
人を見下すやつは嫌いだし、自分の優位をアピールしてくるやつも嫌いだ。でも、せめて単体であったなら。自分を上げながら人を見下す、同時にそれをやるタイプのマウンティングは本当に始末が悪い。
そのふたつは、別でいいはずなのに。
そのふたつを同時にやられると、私は芽生にまったく手出しができない。
芽生は、わたしに、プリンで触れてくるくせに。じぶんの心にはまったく触れさせようとしない。
私と芽生の関係のなかで、芽生だけがカッコいい。
書くぞ、小説に。
あんまりそうやって自分だけカッコいいみたいな顔してると、今以上におっそろしい変態にすんぞ。
裸でブリッジとか逆立ちしながら目を見開いてスプーンペロペロさせんぞ。
人を見下しながらカッコつけんのがカッコいいと、本気で思ってんのか。いいかげんにしろ。
ちょっとは下から世界を見てみろってんだ! リアルに逆立ちしろ、ぺろぺろ妖怪!
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