第4話 プリンを食べさせたり

 隣の部屋から、洗面所に慌てて飛び込んでいくあおいを尻目に、わたしは自分の部屋へ戻ると、携帯を開いた。


 ああ、やっぱり更新通知だ。


「フォローしている小説が更新されました」

 メールの文章の下に、おつぼねぷりんの小説が表示されていた。

 この時間帯に更新してくるのは、だいたいおつぼねぷりんだから、なんとなくわかる。


「プリンのじかん」、タイトルの横の「読む」のボタンを押して、読みすすむ。さっき入れたコーヒーをすすり……吹きそうになった。


 三十六話目にして、はじめて、話に展開があった。


 プリンを食べる以外の変態くさいシーンが、初めて出た。そのシーンが……。

 さっき、わたしがしたこと、そのものだったからだ。


「ぅげぇほげほ、げほっ」


 なに? 見てんの? おつぼねぷりんって、わたしを見てんの? ねぇ、なんで?


 なんで今日に限って、主人公が、相手が口に含んだスプーンぺろぺろしてんだよ。


「犯人は、あなたですね?」


 そんなミステリの中でしか見ないようなセリフに、刺し貫かれるかのようだ。


 うわぁ、客観的に見ると、変態くさいな。ってかキモいな。おつぼねぷりん、よくこんな事、主人公にさせるもんだ。

 さすがにヒくぞ、読者。


 おつぼねぷりんの「プリンのじかん」には、主人公が二人いる。

 プリンを食べさせられる側のさくらと、食べさせる側の和美かずみだ。


 桜にプリンを食べさせるとき、和美はプリンに口付ける桜の唇にみとれている。

 わたしはプリンをあおいに食べさせた後、たいてい更新された「プリンのじかん」を読み、和美になりきって、あおいとの時間を反芻する。


 おつぼねぷりんの文章力は拙かったが、何の問題もなかった。描写されていない事は、既にわたしの頭のなかにある。


「プリンのじかん」は、さっきの時間を思い出し、反芻し、味わう為にあればよかった。文章力が無くても……正直、箇条書きでも、用をなすのだ。わたしには。


 でも、でもさー、他の読者は多分、違うと思うよ。


 このサイトには、一話ごとに、良かったと思った人が応援のためにハートを送るシステムがある。

 二、三話めまでは、四人ほど、わたしの他に、ハートを押している人がいるみたいだった。

「プリンのじかん」は、話が増えるごとに、少しずつハートを押す人が減り、六話あたりから、私しかハートを押していない。


 三十六話目にして、やっと初めての新しい展開。それも、読者がヒくような、主人公のまさかのペロペロ行為。


 いいのかよ。これ。少ない読者がドン引きだぞ。


 いやまてよ、そもそも、わたし以外の読者なんて、いないんじゃないか。

 ハート全く付いてないし。

 この人ほんとーに、ゴーイングマイウェイだからな。気にしてないのかな。


 でも、そこが、おつぼねぷりんさんらしかった。

 読者がついてこれる、これない。受ける、受けない。そういう事を考慮にいれず、ひたすら自分の好きなものだけを、好きなように、書くスタイル。


 日常を日記にしたためるような。


 そういうおつぼねぷりんさんだからこそ、わたしはどきどきするのかもしれない。人の本当を覗いているようで。さっきの時間がリアルにあった時間だというのを実感して、あおいの顔がちらちら浮かんで、わたしはどきどきする。


 おつぼねぷりんさんは、何のために小説を書いているんだろう。


 もしかして、と思う。

 おつぼねぷりんは、読者のためじゃなく、完全に自分のためだけに、小説を書いているんじゃなかろうか。これは本当に日記のようなもので。


 一話目が「私は、プリンを、食べさせました」的な、小学生の読書感想文みたいだった文章力は、少しずつ成長していた。三十六話目のペロペロ行為で、おつぼねぷりんはそれを証明した。


「彼女としか使われていない」スプーンへの、特別な感情、誇らしさ。愛おしさ。そんなものが感じられて、わたしの胸の中に、焦れるような温かさが広がった。


 さっきわたしが、まさに感じたこと。彼女とわたしだけが使うスプーン、ふたりだけが使うテーブル、台所、ふたりだけのリビング。

 こんなに特別なリビングは、スプーンは、……ない。


 もしもあおいが、そのうち結婚してしまって、この部屋からいなくなっても、他のだれかと特別なリビングや特別なスプーンをもつようになっても、このスプーンの特別さは、わたしにとっての特別さは、変わらない。

 いまは、わたしだけが、あおいの使ったスプーンを日常として触ることができる。こんな特別は、……いましかできない。その特別な日常に、口づけずには、いられない。


 このスプーンは、なんて特別なスプーンなんだろう。


 ぎゅうっと胸が痛んで、急にわたしは泣きたくなった。


 おつぼねぷりんさんは、わたしと同じタイプの人間かもしれない。もしかして、おつぼねぷりんさんも、スプーンをペロペロしたことがあるのかな……キモいな。でも、本人にとっては、切実だ。

 なんて心強いんだろう。わたし以外にも、同じ感覚をもつ人がいるというのは。


 プリン小説、百話でも二百話でも付き合って読むから、書き続けてほしい。どんなに拙い文章でも、わたしは読むから。


 わたしは今日も最新話にハートを送って、ハートを送った人だけの特権「応援コメント」を入れる。

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