第2話 プリンを食べたり

『彼女は、私の口にスプーンでプリンを差し出した。

 黄色くつやつやしたプリンが……』


 ――表現弱いな。黄色く、があまりよくない。

 きいろ、っていうのは、難しい。

 きばんでいるとか、そういう連想につながる。ぱんつのしみとか。

 何考えてるんだ、まだその段階じゃない。今ぱんつのしみを想像したら、萌えが冷める。ぱんつを出すならもっと先だ。


 カタカタと、ノートパソコンが音を鳴らす。自慢じゃないがタイピングは早い方だ。


『プリンがとろけて……』


 うん。つまらん。ありきたりだ。でも、後で推敲すればいいから、先行こう。


『プリンがとろけて、私の口に入るのを待っている。

 彼女は、「ん」と言う。

 プリンが私の唇から流れ込むと、彼女はプリンのように顔を蕩けさせた……』


 そこまで書いて、


「そこのだらしな系女子! あおい! プリンの皿出しっぱなし」


 芽生のお小言がドアの向こう、リビングから聞こえてきた。

 ああ! 今、集中してたところだったのに!


「あとでやる」

「もうやったよ! 片づけた」


 置いといてくれれば、自分で、好きな時間にやるのに……。


「ごめん、ありがとう」

「貸しが今、三百四十一になったから」


 うわ。ウザい。


「わかったよ! 借り三百四十一ね! わかったよ!」


 ドアの向こうに叫んで、私は小説のモデルとしての彼女を、いつも以上に変態にすることにした。


 彼女目線の側の下書きを開いて、付け足す。


『――片づけておくね。

 そういって、私は、プリンの入っていた皿を台所に持っていき、スプーンを舐めた。』


 うーん。弱いな。芽生は貸し借りを百単位で数えるねちっこい女なのだ。もっと気持ち悪い舐め方にしてやらねば……。


『彼女が持っていた、柄の部分を咥え、ゆっくりと。舌を伸ばす。スプーンの先へと。

 このスプーンは、買われてからというもの、私と彼女だけが使ってきたスプーン。ふたりだけのスプーン……。そのスプーンの先を食み、私はぺろぺろしていた。』


 ふっ、と鼻から笑いが漏れる。


 芽生め。めっさ変態くさいぞ。ざまぁ見ろ。今までで一番変態くさくしてやった。


「ちょっと! なにこれ、洗面所水浸しなんだけど!」


 しまった。洗面所で汚れものをバケツに漬けて、蓋したつもりだったのに、見られた。布ナプキン。うわ。最悪、恥ずかしい。


 布ナプ。これは、食事の時にテーブルに置いたりするような、給食用ナプキンみたいな、ああいうものではない。

 布でできた生理用ナプキンのことだ。


 布で作って、体にあてる。汚したのを洗って再利用する。蒸れるとかぶれる私は、生理の七日間ずっと紙のナプキンを当てていると痛みまで出てくるから、布ナプキンを使っているのだ。


 使用後は、さっと洗ってからバケツに浸けてさらに汚れを取っていく。バケツの水は少しずつピンク色になる。生々しいので人に見せてはいけないしろものだ。


 え、ソレで水浸しになってるの? さっき足に引っ掛けたとき、こぼしたのかな。一番人に見せたくないヤツ。それで迷惑をかけた、というのが申し訳なさすぎて、いたたまれない。


「ごめん、すぐ行く、すぐ行くから!」


 私は慌てて、ノートパソコンを閉じようとした。


 しかし、文章を書いたら、「保存」は押しておかねば。


「保存」。


 私は青いボタンをクリックして、洗面所に向かった。

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