第六章『襲撃者の飼い主』

(1)


《大丈夫かのォ》

 境土に担がれて強制退場させられた柊に、笑みを浮かべながら同情の言葉を贈る妖斬妃に、

「寝れば大丈夫だろ」

 と、素っ気なく返したのは椿。

「それよりも、あなたたちが集めた証言と、この地図に書き込まれた情報からして、相手が戦力をずっと貯めていた可能性がずっと高くなったわけだが、相手は一体何の目的でそんなことしたんだ? そもそも、私の村を襲った連中は、自分たちの行動を阻害する白刀が邪魔で、製造元である工房を壊し、それを作る人々を殺したはずだ。そのついでに、力のある【揺り籠刀】を奪ったのは、人間側の戦力を削ぐためだとあなたは言った」

《そうじゃな》

「でも、この六年。少なくとも私は大規模な妖刀使いたちの騒ぎを聞いたことはない。そのせいで【揺り籠刀】を奪ったものを見つけることが出来なかった。そもそも、何の力もないただの人間が持ち主だったこともあった。その裏に妖刀使いがいたこともあったが、アイツらは何をしたいんだ?」

《戦力拡充じゃろうな》

 と、実にあっさりと答えられ、椿は沈黙した。

《かつて、我らが繁栄を極めていた時代であれば、それこそ妖の頂点を目指すために誰も彼もが力を求めた。自身の力を強めようとした者もおれば、相手の力を弱めようとした者もおる。それこそあの時代、我ら妖は人間になど興味はなく、誰が最も強い者かと争い合っていたからのォ。

 それが、ある時期を境に生存権を人間たちに譲り渡した形となった。妖と渡り合う力を有した人間が増え、生存を脅かされ、生き残るために徒党を組み直す者が現れてもおかしくはあるまい。息を潜め、力を溜め、かつてのような妖の時代を取り戻そうとしている者もおれば、そんな力を後ろ盾に人の世を納めようと思う人間もおるし、そんな人間を操って戦力を拡充しようと狙っている者もおる。そういう意味では、戦力を高めるために刀を奪うという行為も納得が行くし、こちらの戦力を削ぎかねぬ場所を襲うという行為にも納得ができる。誤算と言えば、襲った村に妾がいたこと。そして、妾を解き放たれる者がいたということ。

 その上で妾が暴れたことで奴らは散り散りに逃げ去った。その先で何をするかと言えば、戦力拡充じゃろう。人間とて同じじゃろ?》

「……」

《何か大きなことをなしたければ徒党を組む。その際、使える奴か使えぬ奴かを見極める必要がある。同時に、事を構える前に目をつけられて邪魔をされては叶わぬと思えば、その動きは秘密裏なものとなる。結果がこれじゃ。やたらと失踪者が多く、獣憑きと化した者が多い。

 獣憑きとみなされた者が多いということは、それだけの者が妖に乗っ取られたということ。そういう状況が作られたということじゃ。勿論。偶々だということもある。失踪者の多さも、偶々だという見ることも出来る。じゃが、もしもこの多さが、自分の手駒を増やすための結果だとみればどうなる?》

 問われて椿はゾッとした。

《自我が定着せずに我を見失ったものが獣憑きとみなされ、妖に乗っ取られようが自身が乗っ取ろうが、自我を保ち不用意な行動を取らぬ冷静さを育んだ者を成功者として戦力に引き込んで行ったとしたら?》

《どれほどの戦力をそやつは有しているのですか?》

 さすがの若草丸も緊張した面持ちで問い掛けた。

《分からぬ。失踪者の全てがそやつの元に集っているというわけでもないだろうが、虎視眈々とじっくり時をかけて手駒を増やしているのだとすれば、少しばかり気を引き締めねばなるまい。そして、そやつの狙いが、いつか必ず報いを受けさせると言った、妾の言葉を警戒しての準備じゃったとすれば……》

 ニヤリと笑い、意味ありげに言葉を切られ、椿は続く言葉を想像して唾を飲む。

《いくら妾が強いと言うても、躰は一つじゃ。数で攻められればどうなるかも分からぬし、我ら【揺り籠刀】は生身の人間を斬ることは出来ぬ。斬れるのは妖のみ。じゃが、相手は人間も妖も関係なく襲って来る。我らは我らを揮ってくれる者が近くにいなくなれば具現化することすら叶わなくなり、力を揮うことすら出来なくなる――と言うのは、まぁ、もしもの可能性の一つじゃ。そんなに思い詰めた顔をせずとも良い》

「だが、もしもそれが本当だったら……」

《そなたの身が危険じゃのォ》

「笑い事じゃない!」

《ああ。笑い事ではない。じゃが、どの道【揺り籠刀】を追いかけていれば同じこと。

 これまでもこれからも、出会うたびに襲われるのはこちらじゃ。相手が何を目的として息を潜めて戦力を集めていたのか、本当のところは解からぬ。解りようがない。じゃがな、目的が何であれ、それを邪魔しようとする妾らのことが邪魔で仕方がないはず。気の弱い者であればそ奴は逃げるじゃろう。じゃが、根が妖なら、かつての妖の時代を知り、身を潜めることに飽き飽きとしている者であれば、絶対に妾たちの元へ来る。何せ妾を喰らえば戦力強化は簡単じゃからのォ》

《そんなこと、このボクが許しません!》

《おお。勿論そなたの働きには今から最も期待しておるぞ》

《はい!》

 力いっぱい答える若草丸に、満足げに頷く妖斬妃。

 絶対の信頼感がふたりの間で結ばれている姿を見て、

「それでも、必ず現れるとは限らない……」

《そうじゃな》

 これまでのことがあった。必ずしも現れた妖刀使いが【揺り籠刀】を持ってくるとは限らない現実に、水を差さずにはいられなかった。

 確実に奪いたい。奪い返したい。そのために情報が欲しかった。

《せめて、そ奴の息のかかった妖でも見つけられれば、ある意味案内もさせられたんじゃがな。この数日で知らされた情報を書き込めば、おそらくこの辺り》

 と、妖斬妃が金森神社付近に大きな円を指で描いた。

《この辺りには近づけぬという話があった。いくら強い妖に惹かれると言っても、少し知恵がつけばむざむざと命を捨てる者もいなくなる。弱い者は喰らわれ消えて、多少の力を得たものを更なる強さの妖が喰らっていけば、無尽蔵に妖が増えることもなく、程なくして町の至る所で縄張りが出来る。そうなれば統治する者も現れて、近づいてはいけない場所も把握し出す》

「つまり、これまでもずっとそういう奴を捜していたのか?」

《そうじゃ。何も空腹を満たしていただけではないのだぞ?》

「だから、次はどこそこと指定してきていたのか」

《そうじゃそうじゃ。そういう情報収集の仕方もあるのじゃぞ》

 得意げな笑みを向けられて、椿は不意に口を噤んで俯いた。

 直後だった。

《?!》

 弾かれたように若草丸が、妖斬妃が、椿が、店の裏口を見た。

 異様な気配が流れて来て、

《妖斬妃さま!》

 悲痛な声で若草丸が声を上げるのと、

《椿!》

 妖斬妃が名を叫ぶのはほぼ同時。

 椿は、みなまで言わせずに卓上に抜いて置かれていた【若草丸】を手に取って、迷うことなく裏口へと駆け出した。

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