第四十四話『いざ、浮島の街へ』


 皆でそんな話をした数日後。あたしたちは山岳都市をあとにして、街から少し離れた開けた場所でルマちゃんと合流していた。


「……ごめん。もう一回言ってくれる?」


「だからさ、ルメイエは爆発に巻き込まれて、人格が入れ替わっちゃったのよ」


「……いくら異世界だからって、そんなことあるの?」


「あるんでしょ。現にこうして入れ替わってるんだから」


 あたしは腰に手を当てながら言って、隣に佇むるーちゃんを見る。


「怪鳥アルマゲオス。存在は知っていますが、人語を話すという情報はありません」


 るーちゃんは巨大なルマちゃんを前にしても動じることなく、淡々としていた。


「ルマちゃんは異世界転生してて……うーん、説明が難しいわね。とにかく、人語を理解してるのよ。大事な仲間だから、仲良くしてね」


「学習しました。仲良くいたします」


 あたしがそう説明すると、るーちゃんは無表情のまま頷く。


「見た目や声はルメイエと変わってないから、なーんか調子狂うわねぇ……それで、元に戻す方法って見つかりそうなの?」


 そんなるーちゃんを一瞥したあと、ルマちゃんはあたしに向かって訊いてくる。


「その方法を探すために浮島に行きたいんだけど……ルマちゃんがここに来たってことは、浮島の情報はゲットできたんでしょ?」


 さすが頭脳明晰な怪鳥さんねー……なんて付け加えつつ、その大きな翼をバシバシと叩いてみる。ルマちゃんはなんとも言えない顔をした。


「あー、見つけたのは見つけたわよ。けど、浮島じゃないというか……」


「……なんか歯切れの悪い言い方ね。浮島じゃなかったら、なんだっていうの?」


「実際に見たほうが早いかしらね。案内してあげるから、さっさと気球出しなさい」


 ルマちゃんはそう言うと、容量無限バッグをくちばしで指し示す。


 あたしは彼女に言われるがまま、バッグから気球とゴンドラを引っ張り出した。


 ◇


 それからフィーリの魔法で気球を膨らませ、ルマちゃんに引っ張ってもらって空の旅へと出発する。


「いやー、何度乗ってもすごいねぇ。力強くグイグイ引っ張られる感じが頼もしいよー」


「いくら褒めても何も出ないかんねー。飛行中は乗務員に話しかけないでくださいー」


 カリンがゴンドラから身を乗り出すようにしながらルマちゃんに話しかけるも、一蹴されていた。


 カリンってば、ちょくちょくルマちゃんに話しかけに行くわよね。まぁ、怪鳥に転生した人の話なんて、珍しいだろうけどさ。


「ねぇルマちゃん、ここから浮島まで、どのくらいかかりそう?」


「そうねぇ……ここからだと、ざっと二日ってとこかしら」


「二日ぁ!?」


 なんとなしに尋ねてみると、そんな言葉が返ってきた。


 あたしとフィーリ、そしてカリンの声が重なる。予想以上の長旅だった。


「言われてみれば、浮島って一箇所に留まってるんじゃなく、移動してるんだったわねぇ……」


 思い出したように言うと、フィーリやカリンが同時にため息をついた。


「そうなると、食事はどうしましょうか。ゴンドラは狭いですし、錬金釜も置けませんよね?」


「そうよねぇ……ルマちゃん、機内食のサービスは?」


「あるわけないでしょ」


 ダメ元で聞いてみるも、やっぱりダメだった。


「一応、容量無限バッグには非常食も入ってるから、食事に困ることはないと思うけど……ルマちゃん、途中で街とか立ち寄れない?」


「浮島の街の周囲には海しかないのよ。補給の必要がないのなら、諦めなさい」


 操縦者のルマちゃんにそう言われてしまうと、首を縦に振るしかなかった。


 ……そうこうしていると、心なしか風が冷たくなってくる。


「高度と風速による気温低下を確認しました。可能な対策を講じることを提案します」


 それと時を同じくして、るーちゃんがそう口にした。


「そうねぇ……るーちゃん、毛布着る?」


 論理的に寒いと言われた気がして、あたしは容量無限バッグから毛布を取り出す。


「いえ、ワタシは気温差による機能低下はしませんので。お気遣いなく」


 ゴンドラの床に腰を落ち着けたまま、表情を変えずにるーちゃんは言う。


「見てるこっちが寒いのよ。いいから着なさい」


「わかりました。マスター・メイのご命令とあれば」


 その小さな胸に毛布を押し付けると、るーちゃんは渋々といった様子で毛布を受け取ってくれた。


 なーんか調子狂うわねー。


「メイさん、わたしにも毛布くださいー」


 そう言うフィーリは自分の体を抱きながら、身を震わせていた。


「フィーリは以前、ルマちゃんの背中で風邪ひいたこともあるしねー。しっかり寒さ対策しときなさい」


 そんな彼女を見ていられず、あたしは毛布を手渡す。


 魔法使いのローブって見かけのわりに風通すみたいだし、寒さ対策をするに越したことはないわよね。


 続いてカリンにも毛布を手渡し、最後に自分のを……と考えつつ容量無限バッグを漁るも、その手は空を切るばかり。


 ……しまった。もう毛布がない。


 よくよく考えてみれば、毛布は元々、あたしとフィーリ、ルメイエの分しか持っていなかった。


「……メイさん、寒くないんですか?」


「寒いのは寒いんだけど……えっと、そのー」


 フィーリが不思議そうな顔であたしを見るも、歯切れの悪い返事しかできない。


 カリンを頭数に入れていなかったことを後悔しつつ、ゴンドラ内部に視線を泳がせる。


 今から作ろうにも、この狭さでは錬金釜を設置することすらできない。


「あー、どうしたもんかしら」


「マスター・メイ。これをお使いください」


 そう考えていた矢先、目の前のるーちゃんが自分の毛布を脱いであたしに差し出してきた。


「へっ? だ、大丈夫よー。るーちゃん、着てていいわよ」


「先程言った通り、ワタシは気温による機能低下は起こりません。一方のマスターは、体温低下の兆候が現れています。体の震えに加え、鼻からの粘液の分泌も見られます」


「悪かったわね。鼻水よー」


 バッグからチリ紙を取り出して、ちーん、と鼻をかむ。言われてみれば、めちゃくちゃ寒くなってきた。


「ワガママを言わず、毛布を着てください。さ、早く」


 言いながら、るーちゃんはあたしに毛布をかけてくれる。


 あったかいのだけど……その一方で、すごく申し訳ない気持ちになってくる。


「そうだ。るーちゃんもあたしの毛布に入りなさい。そうすればあったかいわよ」


「ワタシには体温保持の機能はありませんし、同じ毛布にくるまったところでマスターの専有面積が減るだけで何の利点も……」


「つべこべ言わなーい! マスターの命令よ!」


 あたしは言うが早いか、るーちゃんの手を掴んで自分の毛布の中へと引っ張り込む。


「マスター、お邪魔ではないですか」


「全然邪魔じゃないわよー。皆毛布に入ってるんだから、あんたも入んなきゃダメ。風邪ひかないとか、そんなの関係ないから」


「……学習しました」


「よろしい」


 少しの間を置いてそう口にしたるーちゃんを抱きながら、あたしは目を閉じる。


 体温保持の機能はない……なんて言っていたくせに、しっかりと温かいような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅する錬金術師のスローライフ! 川上 とむ @198601113

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ