第四十三話『るーちゃんは働き者』
その翌日から、ルメイエ……るーちゃんは誰よりも早く起き、部屋の掃除や片づけ、食事の準備をするようになった。
エプロンを身に着けて動き回る様子は、なかなか板についていた。
よくよく考えてみれば、彼女は本来ぐーたらなルメイエが、自分の身の回りのお世話をさせるために調合した自律人形なわけで。働き者なのも当然だった。
「フィーリさま、ローブの洗濯をいたします。脱いでください」
「えぇっ、いいですよ。これ、まだ二日目です」
「よくありません。ほら、裾が汚れています」
「わわわ、わかりましたから引っ張らないでくださいー!」
朝食の前に着替えをしていると、るーちゃんがそう言ってフィーリの服を脱がしていた。
「ほうきも汚れていましたよ。労いの気持ちも込めて、しっかりと洗われてください」
「うー、るーちゃんさん、すごく細かいんですが」
ローブを手に部屋を出ていくるーちゃんを見送ったあと、フィーリがため息まじりに言う。
「文字通り別人だねー。私はパジャマ剥ぎ取られたし」
「あんたのパジャマ、三日は洗濯してないでしょーが」
からからと笑うカリンにそんな言葉を返す。
……まぁ、別人だっていうのは否定しないけど。
「むー、もう一回爆発に巻き込んだら、元に戻りませんかね?」
「ちょっとフィーリ、さらっと物騒なこと言わないの」
思わず呆れ笑いを浮かべるも、真顔のフィーリがどこか怖かった。
……その後、るーちゃんが用意してくれた朝食を皆で食べる。
この日の献立はパンにベーコンエッグ、それに野菜サラダ。どこから食材を調達したのかわからないけど、どれもおいしかった。
「……あれ? るーちゃんは食べないの?」
食事を始めてすぐ、一歩離れたところで佇むるーちゃんに気づき、あたしは声をかける。
「自律人形は基本、食事はとりませんので。フィーリさま、後々魔力の補給だけお願いいたします」
「そうなの? むしろ、直接魔力補給できるってことのほうが初耳よ。ルメイエはいつも、あたしたちと一緒に食事してたわよ?」
「そうなのですか? それでは、ワタシにも食事をするための機構が備わっているのでしょうか」
るーちゃんは自分のお腹に触れながら、不思議そうな顔をする。
「んー、あたしには自律人形のことはよくわからないけど、ルメイエは食べてたし。やろうと思えばいけるんじゃない?」
「そうですか。では、のちほど頂いてみます」
「のちほどなんて言わずに、一緒に食べましょうよ。ルメイエはいつもそうしてたわよ」
あたしは空席となっていた椅子を引き、るーちゃんに座るように促す。
それと同時に、カリンがバスケットのパンを皿に移し、フィーリは自分のベーコンエッグを半分にし、別の皿に取り分けていた。
「……食事の所作やマナーに関する情報が欠落しています。学習が必要です」
「あんたってば、時々硬い物言いになるわよねー。心配しなくても教えてあげるわよ。フィーリが」
「ふぇ!?」
「そうそう。フィーリちゃんが」
テーブルマナーに自信のないあたしとカリンは、そう言って逃げる。
「わ、わたしだって、自信ないですよー!」
フィーリが抗議の声を上げていたけど、正直、食事なんて楽しく食べられればいいのよ。
それからは、あたしたちは家族揃って食卓を囲んだのだった。
◇
食事を終えてからは、あたしたちは各々の時間を過ごす。
アクエへの錬金術指導はあたしが単独で引き続き行い、彼女に気球の作り方を教えておいた。
長期にわたって気球を運用するにあたり、不慮の事故で気球が壊れた場合も想定しておかないといけないからだ。
それに加えて、護身用の爆弾の作り方や、その扱い方も教えておく。
先日のように魔物に襲われた時の護身用という意味合いが強いのだけど、ルメイエの一件があったので、爆弾の取り扱いについては特に念入りに指導しておいた。
……その合間を縫って、あたしは伝説のレシピ本を眺めてルメイエを元に戻す方法を探すも、それらしいものは見つからなかった。
そんなこんなで一週間が経過し、山岳都市でできることも少なくなってきた。
そろそろ次の街へ行くことをアクエたちに伝えた日の夜。彼女たちはお別れパーティーを開いてくれた。
「ニーシャさま、飲み物をどうぞ」
「るーちゃん、ありがとねぇー。うーん、まだ慣れない……」
「こら、るーちゃん! 給仕はいいから、一緒に座って楽しみなさいって言ったでしょ!」
あたしたちは見送られる側なのだけど、るーちゃんはそんな状況でも、せわしなく動き回っていた。
「まるで別人ですね……こんな状況ですけど、本当に旅立たれてしまうんですか?」
「気球の操縦もニーシャに安心して任せられるようになったし、錬金術に至っても、あたしがアクエに教えられることはもうないのよねー」
ルメイエなら、もっと色々と教えられたかもしれないけど……そんな喉元まででかかった言葉を、あたしはなんとか飲み込む。
「そう言ってもらえると嬉しいです。この街が少しでも豊かになるよう、頑張りますね」
「素材の仕入れを理由に、大好きな妹ちゃんとも会えるしねー」
「そ、それは……あくまで副産物的なものですからっ」
ニーシャから茶化されると、アクエは恥ずかしそうに顔を背けた。
「ともかく、メイさんのおかげでこの街はますます発展すると思います。本当にありがとうございます」
「お礼なんて良いわよー。その代わり、錬金術をしっかり広めてよね」
「はい。頑張ります」
あたしがサムズアップすると、アクエは満面の笑みを浮かべて頷いてくれた。
「それで、次はどこの街に行くんですか?」
その時、黙々と料理を口に運んでいたフィーリがふいに訊いてくる。
「んー、考えたんだけど、浮島の街を探してみようかと思って」
「ああ……その街、錬金術が関係してるんだっけ?」
今後の話になったのもあって、カリンも会話に入ってくる。
「そうなのよー。ルマちゃんにも捜索をお願いしているし、そろそろ何かしら進展があってもいい頃なんだけど」
あたしはそう口にして、窓の外に視線を送る。
切り取られたような夜空には、赤や青の星たちが煌めいていて、さながら宝石のようだ。
あの空のどこかに、浮島の街はまだ存在しているのだろうか。
……あの街は錬金術に関するものが多くあったし、あそこならルメイエを元に戻すヒントがあるかもしれない。行ってみる価値は、十分にあると思う。
隣の席のるーちゃんを見ながら、あたしはそんなことを考えたのだった。
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