第四十二話『ルメイエの異変』


「え、ちょっと、何があったの?」


 カリンとともに絨毯に戻っていたあたしは、突然の爆発に目を疑う。


 遠くに見えるフィーリも唖然としていて、何が起こったのか理解できていない様子だった。


「……はっ。ル、ルメイエは!?」


 我に返ったと同時、爆炎の下方に落下していくルメイエを見つけた。


「ルメイエーー!」


 あたしは叫びながら、全力で絨毯を飛ばす。


 ある程度近づいたところで、周囲にバチバチと静電気のようなものを感じた。


 おそらく、ルメイエは連れ去られる際、絨毯に置いてあったビリドラボムをとっさに掴んだのだろう。


 本人の意志なのか事故なのかはわからないけど、何かの拍子にそれが爆発したようだ。


「――よし、キャッチ! ルメイエ、大丈夫!?」


 落下するルメイエを絨毯で受け止め、必死に声をかける。


 彼女は自律人形なので、普通の人間よりは丈夫にできている。見たところ、怪我らしい怪我はしていない。


「あの爆発でよく無事だったねぇ……気絶してるのかな」


「ルメイエさん、大丈夫ですか……?」


 その顔を覗き込むカリンに続いて、フィーリもあたしのもとにやってきて心配顔をする。


「この場所じゃ、なんとも判断できないわねぇ……一旦、山岳都市まで戻りましょ」


 いくら声をかけても反応も示さないルメイエに不安になりつつも、あたしは一度山岳都市に戻ることにしたのだった。


 ◇


 ……それから数日が経過するも、ルメイエは目を覚まさなかった。


 アクエの家のベッドで、文字通り人形のように眠る彼女を、ただただ見守り続ける。


「三人とも、晩ごはん、できたよー」


「心配なのはわかりますが、メイさんたちまで倒れてしまってはいけませんよ。ほら、食べましょう」


 その日も気がつけば夕方近くになっていて、家主のアクエとニーシャがやってくる。


「ありがとー。すぐ行くわねー」


 努めて明るく言葉を返したものの、すぐには動けず。


 あたしたちに自律人形に関する知識はないので、ただひたすらに彼女の意識が戻るのを待つしかなかった。


 錬金術をもってしても何も出来ない状況が、どこまでももどかしい。


「ルメイエさーん、晩ごはんらしいですよー。そろそろ起きませんかー」


 ゆっくりと立ち上がったフィーリが、そう言ってルメイエの小さな肩を揺する。最近、いつもこうだった。


 当然、ルメイエからの反応はない。


「うぅん……」


 ……かと思いきや、ルメイエは小さく声を漏らした。


「ああっ、目を覚ましましたよ!」


 直後、叫び声に近いフィーリの声がし、あたしとカリンもベッド脇に駆け寄る。


「皆、心配したのよー。ルメイエ、大丈夫?」


 ベッドの中で薄っすらと目を開けているルメイエに、思わず抱きつきそうになるのを必死に堪えながら声をかける。


「うにゅ……マスター、おはようございます」


「へっ?」


 目を開けたルメイエは、まっすぐにあたしを見ながら、確かにそう言った。


「えっと……マスターって、あたしのこと?」


「そうですよ。マスター・ルメイエ。おはようございます」


 あたしは自分を指さしながら聞き返すも、そんな言葉が返ってきた。彼女は上体を起こす。


「な、何言ってんのよー。ルメイエはあんた。あたしはメイ。寝ぼけてんじゃないのー?」


「……? 理解不能です。見た目も声も、マスターそのものですが」


 そう伝えるも、目の前のルメイエは普段とは全く違う口調で言い、首を傾げた。

 えええ……? 何がどうなってるの?


「……ルメイエさん、どうしちゃったんでしょうか」


「……頭の打ち所が悪かったとか? 記憶喪失?」


「そんな感じじゃないのよね……まったく別人っていうか。これはまるで……ああっ!」


 左右で困惑顔をする二人に挟まれながらしばし考え、あたしは一つの結論に至る。


「ふ、二人とも、ちょっとこっちに来て!」


 言うが早いか、あたしはフィーリとカリンを引っ張ってベッドから離れる。


「もしかして今のルメイエ、本来の自律人形の人格が出ちゃってるのかも」


「メイ先輩、それってどういうこと?」


 あたしがそう口にすると、カリンが一番に首を傾げた。


「ほら、あたしの体って、元々ルメイエの体なのよ。この世界にやってきた時に、神様の手違いでこの体に魂が入っちゃったの」


「ああ……そういえば、そんなこと言ってたね」


「それで、当のルメイエはあたしの魂にはじき出される形で、隣を歩いていた自律人形に魂を移されたらしいの」


「つまり、ルメイエちゃんの体には魂が二つ入っていて、これまでずっと眠っていた片方が爆発のショックで目覚めたと」


「たぶん、そんな感じじゃないかしら。あたしの体は元々ルメイエの体だし、従者だったあの子が見間違えるのも無理はないわよ」


「そうなると……本来のルメイエさんの魂はどこに行ってしまったんでしょうか」


 それまで黙って話を聞いていたフィーリが、不安顔でそう問うてくる。


「自律人形の子の魂と入れ替わるように、あの体の中で眠ってる……そう、思いたいわね」


 ベッドの上で視線をさまよわせるルメイエに視線を送りつつ、願望を込めてそう口にする。


「……どうやら、長い休眠状態にあったようです。情報の照合を求めます」


 その時、ルメイエ――自律人形ちゃんが、困り顔であたしたちを見渡す。


 声も見た目もルメイエそのものだし、違和感しかない。


「そ、そうねー。えーっと、どこから話してあげればいいかしら……」


 妙な気まずさを感じながら、あたしたちはこれまでの経緯を彼女に話して聞かせた。


「……つまり、今のマスターはマスターであってマスターでないと?」


「そういうことなのよー。あんたの本当のマスターは、あんたの中にいるの」


「ワタシの中に……妙に哲学的です。理解するように努めます」


 自身の胸に手を置きながら、彼女は難しい顔をしていた。


「とりあえず、あんたの面倒はあたしたちが見てあげるから、心配はいらないわよー」


「そうですか。ありがとうございます。マスター・メイ」


 安心させるようにそう声をかけると、彼女はベッドから抜け出し、あたしたちに向けて一礼した。


 その顔がわずかに微笑んでいるような気が……しないでもなかった。


 自律人形だから仕方ないのだろうけど、感情の起伏がかなり少ない気がする。


「よろしくね、ルメイエ……じゃなくて、なんて呼べばいいかしら」


「なんとでも自由にお呼びください。自律人形であるワタシに名前はないので」


「元々、ルメイエさんからはなんて呼ばれていたんですか?」


「『キミ』とか、『人形ちゃん』と」


「うあー、ルメイエらしいといえばらしいけど、なんか味気ないわねぇ」


 フィーリが尋ねると、そんな言葉が返ってきた。あたしたちは顔を見合わせる。


「じゃあ……るーちゃん」


「わかりました。新たな名称として登録いたします」


 ややあって、あたしが思いついた名前を口にすると……彼女はゆっくりと頷いてくれた。


 ……こうして、ルメイエ改め、るーちゃんがあたしたちの仲間に加わったのだった。

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