-嫉妬-

岡田公明

[幸せになってね]

 その日、私は彼に告白した


「好きです!付き合って下さい!」


 そんな、何の変哲もない

 昔から使い古されたフレーズ


 ただ、伝えたくて、気持ちが先走って

 勢いで思いを伝えた



「ごめんね、付き合えない」



 彼は、困るように、頰を掻いて


 それでも、告白されたことが嬉しそうに

 でも、振ってしまうことに後悔するようにはっきり告げた


 私の頭は真っ白になる、でも自然と涙は出てこない。



『―どうして』という言葉が、頭に浮かぶ、声で出そうとする。

 でも、その言葉は喉で詰まってしまって、喉から出てこない。


 そして、気づいた。


 あぁ、これで初恋が終わるんだと

 私の初恋はここで終わるんだと


 私の知っている物語の初恋は、切ないながらも報われて

 でも、私の目の前の初恋は、こんな風に散ってしまうと


 私は、フラれた時、もっと取り乱すと思っていた。


 動揺すると思っていた。


 でも、案外あっさりしていて

 それが、何か認めてしまったようで、私は嫌だ。



「―実は好きな人がいるんだ」


 私の、は、いつものように優しい声でそう言った。


 私、そんなこと聞いてない。


 私は、ただ返事を知りたくて、告白したのに

 彼は、勝手にそんなことを語り始めた。


「その人は、僕の恩人で、先輩で尊敬してる人なんだ...」


 私に言っているのか、それとも彼が彼自身に言い聞かせてるのか分からない。


 でもね、私にとって貴方は、恩人で、尊敬してて



 それで、なんだよ?



「その人は、優しくて、いつも僕に構ってくれて、困ったときは肩を貸してくれて...」


 でも、私にとって貴方は、いつも独りぼっちだった私に声をかけてくれて


 辛いときは、相談乗ってくれて


 そんな、そんな優しい人なんだよ...


 ―言葉が浮かんでは消えていく。


「それでいて、綺麗なんだ...」


『そんなこと、ここで言わないでよ!』叫びたくなる。


 でも、今目の前にいる彼は、私の知らない顔をしていて...


 私を元気づけるときの顔でも、無理して元気に見せているときの顔でも


 一緒にご飯を食べに行って、笑った時の顔でも


 私に見せてくれる、優しい顔でもないんだ



 私の知らない。


 彼が好きな、特別な人に見せる


 そんな、顔をしてるんだもん


 愛おしくて、優しくて、困ってて、好きで、可愛くて、それでもカッコよくて。


 色んな顔を知ってるけど、私の知らない

 儚げで、優しくて、それでもカッコいい顏なんだもん


 もう、どうにもできないじゃん!


 でも、でも、


「―分かってても辛いよ!」


 彼は、困惑してしまう。


 さっきまで、はっきりと見えていたはずの顔も

 今は、霞んではっきり見えない。


 今しか、彼を独り占めできないのに


 これを、逃したら彼と直接お話もできないのに。


 最後の、きっと最後の機会なのに


 だから、はっきり彼を見つめていたいのに。



 目から生まれる涙は


 流れて、流れて、流れて


 私の言うことを聞いてくれなくて。



 胸が、痛くなる


 ズキズキと...


 でも、今伝えないといけないから―


「諦めようと思ってたのに...嫌いになりたかったのに

 そんな、そんな顔するから、諦められないじゃん、嫌いになれないじゃん。



 初恋だったんだよ、私にとって...


 貴方も、初恋か分からないけど

 でも私にとっても、貴方は初恋だったんだよ...



 なのにさ、なんでフッた私の前で、そんなに幸せそうに笑うの


 なんで、優しく語りかけてくれるの


 分からないよ...もう...


 気持ちの整理がつかないよ!」


 最後の最後だから、彼はきっと困ると思うけど


 でも、最後だから、最後の我儘だから。


 もう、お別れだから。



 きっと、このままだと、バイバイだけで、去って行っちゃうから。


 きっと、いつか忘れちゃうから。



 もう少し、一緒に居たくて


 もう少し、最後くらい、私のことを考えてほしくて。


 だから、最後の我儘だから...


「あの、ごめ―」


 彼は、頭を下げて謝ろうとする。


 何も悪いことなんてしてないのに。


 どっちかといえば、彼は好きでもない私から告白されて

 それを丁寧にフッて、被害者なのに


 今目の前で、頭を下げようとしてる。


 そんな情けない姿は見たくない。


 そんな姿を見せたくない。


 だから、急いで


「いいよ!」


 本音を隠して、ただ元気に笑って


 涙は収まった


 心も、落ち着いた。


 でも、ここに居たら


 私が忘れられないから

 ずっとずっと、後悔しちゃうから


 バイバイするね。


「―じゃあ、私、行くね」


「あ、待っ―」


 彼は、私を引き留めようとしてくる。


 ここで、止めたらダメでしょ?


 そんなことするから、しつこい女の子に好かれるんだよ?


 私は意地悪だから。


 忘れてほしくないから。


 だから







 そう言って、そこから立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

-嫉妬- 岡田公明 @oka1098

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ