Case.4 彼女が神様だった場合

 私が神様だということは生まれた時から分かっていた。

 だから絶対に恋なんてしないと決めていた。

 神様が人間に恋をするなんて。そんなのないでしょ、って感じだよね。

 それでも高校には入学したかった。女子高生という華々しい存在に憧れていたのだ。だから私はその決意を胸に人間の振りをして高校に入学した。はずなのに。

 何度もやってくる彼のお誘いを、私は毎回断れずにいた。

「いやあテスト明けはやっぱりコンポタだな」

「別にいつもコンポタでしょ」

「違うんだよ。昨日から徹夜でテスト勉強してたせいで朝から何も食べてないんだ。自販機の中でコンポタが一番食べ応えあるだろ」

「いや自販機よりファミレス行きなよ」

 彼と過ごす毎日はとても楽しかった。

 恋をする気がないなら距離を取ったほうがいいのではないかとも考えたけど、それよりも楽しさが勝って言い出せなかった。

 けれど半年が経つころには、そんなことも言っていられなくなってきた。今が楽しいだけじゃ満足できなくなってきてしまったのだ。

 このままじゃ後に引けなくなる。そう思って私は一度考えてみることにした。

 

 私は彼と恋人になりたいのだろうか。

 好きと言われて好きと言っちゃうような、そんな関係に。


 そのためには私は神様を辞めなければいけない。人間にならなきゃ。

 恋人というのは人同士であることが自然だろうし、それが彼に対しての誠意のようにも思う。

 でも人間になればもう二度と神様に戻ることはできない。私はそれでいいの?

「今日なんか寒くない? こんな日はコンポタだね」

「はいはい」

 その自問に答えられないまま、私は今日も彼の半歩後ろをついていく。


 今日マフラーを持ってきた自分は偉い。

 そう自信を持って言えるほど、十月にしては珍しく北風の冷たい放課後。

 カラフルに光る自動販売機の前で彼は小さく手を合わせた。

「ごめん、百円貸してくれない? 明日返すからさ」

「ちょっと待ってね」

 私は財布の小銭入れを開く。中を覗いて、すぐに気付いた。

「……あ」

 百円玉が無かったのだ。あるのは数枚の十円玉と一枚の五千円札だけ。これじゃ彼はコンポタを買えない。

 そして、考えた。

 私は神様だ。無から有を生み出すこともできる。百円玉を財布の中に創り出すことくらい造作もない。それを見つけた振りをして、何食わぬ顔で渡せばいい。

 ……でも、いらないよね。

 だって人間は強いんだから。

 夏場のコンポタを平気な振りして飲んじゃうくらい。

 徹夜明けで空腹でも一緒に帰ろうと言っちゃうくらい。

 待ってばかりの私を、何度も何度も誘ってくれちゃうくらい。

 私はずっと彼を近くで見てきた。春でも夏でも秋が始まっても、彼はいつも自販機の前で笑っていた。

 私が何もしなくても、彼は思うままに生きていた。

 そして私はそんな彼に恋をしたんだ。

 ……決めた。私は神様を辞める。もう何の力もいらない。人間になって、できればもう少しだけ彼に近付けたら嬉しい。

 さようなら。

 形のない神様の百円玉を私は放り投げた。

 神様がいなくたって、人間はきっと大丈夫だと信じて。


「……あ、百円ないや」

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