Case.3 彼が神様だった場合

 自分が神様だということは生まれた時から分かっていた。

 分かっていたからこそ、僕は彼女に告白することを躊躇っていたのだ。

 神が人間に恋をするなんて。そんなのありかよ、って感じだしさ。

 しかし恋をしてしまったものは仕方ない。

 彼女に近付きたかった僕は人間の振りをして彼女と同じ高校に入学した。そしてごく自然に話しかけたのだ。


「おすすめの自販機はどこ?」


 それから事あるごとに一緒に帰ろうと誘った。そして毎回コンポタを買っては美味しそうに飲んだ。彼女がそんな僕を楽しそうに見ていたからだ。

 夏の炎天下でのコンポタは少しきつかったけど、これでも僕は神様なのでポーカーフェイスで凌いだ。

「酷暑日にコンポタを飲むと体温が上がって気温に近付いてくから、自分が夏に溶け込んでいくみたいで気持ちいいんだよね。ほら、意識もなんだかぼんやりしてきた」

「それ熱中症じゃない?」

 彼女と過ごす毎日はとても楽しかった。でも、そこは通過点であることも分かっていた。


 僕は彼女と恋人になりたいのだ。

 好きと言ったら好きと言われるような、そんな関係に。


 そのためには僕は神様を辞めなければいけない。

 恋人というのは人間同士であることが自然だろうし、それが彼女に対しての誠意だとも思う。

 人間になることは難しいことじゃない。ただ人間になってしまえば、もう二度と神に戻ることはできない。

 けどそれも特に問題なかった。彼女に告白するなら人間になってからと決めていたし、告白をするために彼女に近付いたのだから。

 では僕の問題というのは。

「今日なんか寒くない? こんな日はコンポタだね」

「はいはい」

 どのタイミングで告白するのがベストか、ということだった。

 きっかけが欲しかった。何でもいい。僕たちの関係に区切りをつける何かを求めていた。

 そんな中で訪れた十月にしては珍しく北風の冷たい放課後。やっぱりマフラーを持ってくれば良かったと軽く後悔しながら、いつもの自販機の前に立った。

 そのとき、僕はふと閃いたのだ。


 コーンポタージュ一缶に入ってるコーンの数はいくつなんだろう。


 僕は彼女と出会ってから飲んだ全てのコンポタの記憶を思い起こして、食べてきたコーンの数を一瞬で数える。一缶に大体50個前後、これまでの合計は4953個だ。

 ……それなら、今日で5000個じゃないか。

 いいきっかけだ、と思った。コンポタで繋がり続けた僕たちの関係を区切るには最適解だろう。

 このコンポタを、神様最後のコンポタにしよう。僕はそう決意して財布を開く。

「あ、百円足りない」

 百円玉が全くなかった。あるのは十円玉が三枚のみ。なんてことだ。昼休憩にコーンパンを買うのに使ってしまったらしい。

 お札も確認するが、二千円札しか入っていなかった。自販機で二千円札は使えない。

「いつものコンポタ買えないね」

「だねえ、こんな寒い日こそコンポタが美味しいんだけどなあ」

「そうね。マフラーもない君には余計に沁みそうだよね」

「うーん、そうだよなあ」

 僕は少し考えてから、彼女に向かって小さく手を合わせた。

「ごめん、百円貸してくれない? 明日返すからさ」

 告白するためにその告白相手にお金を借りるという、どうにも格好つかないことをしていると気付くのに時間はかからなかった。

「ちょっと待ってね」

 しかし快く応じてくれた彼女は自分の財布を開いて中を見る。

「……あ」

 彼女の表情と声で悟った。財布の中に百円玉はなかったのだ。

 そして、考えた。

 僕は神様だ。無から有を生み出すこともできる。百円玉を彼女の財布の中に創り出すことくらい造作もないことだ。

 億の金塊を作ってしまえば経済のバランスが崩れるだろうが、百円くらいならどうってことない。

 ただ、情けないと思った。僕は人間として彼女の隣にいたいのに、まだ神様の力に頼ろうとしている。

 ……いや、情けないなんて今更だな。

 この半年、本当はいつ告白してもよかったんだ。けどできなかった。僕は理由やきっかけがないと動けない弱い神様だ。

 それでも僕が動きたいと思ったのは彼女に恋をしたからだった。

 そのたった一つの大切なことのために、僕は4953個分の時間を過ごしてきたんだ。

 いいよ。最後のはなむけだ。

 神様の百円玉を人間の僕のために贈ろう。

 人間になったら、もう少し強くなれますようにと願って。


「……あ、百円あった」

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