Case.2 神様が百円玉を貸してくれなかった場合

「……あ、百円ないや」


 私は何度も小銭入れを揺らすも、その中に百円玉はなかった。

 今の私の財布には数枚の十円玉と一枚の五千円札しかない。自動販売機の表示を見ると、五千円札は使えないようだ。

「ごめんね」

「いや僕が昼休みにコーンパンなんか買わなきゃよかったんだ」

 彼は眉間に皺を寄せて悔しそうな表情を浮かべた。

「じゃあ今日は諦めるの?」

「……まあ、そうだね。残念だけど」

 がっくりと彼は肩を落とす。

 彼がコンポタを買う姿は何度も見てきたけど、こんな姿を見るのは初めてだ。


「おすすめの自販機はどこ?」


 入学式の次の日に、そんな言葉で始まって。

「また案内してよ」

「今日も行かない?」

「こんな日はコンポタだね」

「テストおつかれ。乾杯しよう」

 この半年、何度も何度も私は彼に誘われて。

 何度も何度も美味しそうにコンポタを飲んでる彼を見て。

 いつしか私も、彼のお誘いを楽しみに待つようになっていた。


 北風が音を立てて走り抜ける。切り揃えた前髪が私の睫毛を掠め、彼は身体を縮めて「さむっ」と零した。

「くそー、コンポタで暖を取る予定だったのに」

 カラフルに点滅する自販機のボタンを恨めしそうに見ながら彼は呟いた。

 こんなの見たくなかったな。

 そう思った瞬間、私は一歩、彼に向かって踏み出していた。

「じゃあさ」

 そんな顔見たくない。

 私が見たいのは、もっと違う顔なんだ。

 また一歩、歩み寄る。

 思えば、私はいつも待ってた。

 彼が誘ってくれるのを。彼が話してくれるのを。彼が笑ってくれるのを。

 でも、いつまでも待ってばかりじゃダメだよね。

「コンポタの代わりに、こういうのはどうかな」

 私はそう言いながら、彼の細い首に自分の余ったマフラーを回した。タータンチェックのマフラーが彼と私を繋ぐ。

 それから数秒の間があって、彼は頬を零すように微笑んだ。

「……あったかい」

 うん、やっぱりこうでなくちゃね。

 頬を赤らめて蕩けそうな表情の彼を見て、私もあたたかく満ち足りた気持ちになる。初めて自ら動くことのできた自分を褒めてあげたい。

 そして何より。

「明日はちゃんと百円持ってきなよ?」

「絶対忘れない。約束する」


 ──今日マフラーを持ってきた自分は、本当に偉い。

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