Case.1 神様が百円玉を貸してくれた場合

「……あ、百円あった」


 一目見て十円玉しかなかった小銭入れを探ると、百円玉が一枚出てきた。どうやら十円玉の裏に隠れていたらしい。

「はい。これ最後の百円だから落とさないでね」

 私は百円玉を彼の手にしっかりと渡す。指先が彼の掌に触れて、その温度差に心臓が小さく跳ねた。

「ありがとう」

 お礼を言った彼は自動販売機に百円玉を入れてコーンポタージュのボタンを押す。

 その姿を私はもう何度も見てきた。


「おすすめの自販機はどこ?」


 入学式の次の日にそう話しかけられて、私は「いやそんなのないでしょ」と思いながらも帰り道にある自販機にとりあえず連れてきた。

「うん。いい自販機だな」

「え、そうなの?」

 不思議と高評価を得たことに驚く。

「だってもうこんなに暖かいのにまだコンポタが置いてある」

「たぶん年中置いてるよ」

「最高の自販機じゃないか」

 どちらかといえば管理の行き届いてない自販機だろうに、彼は嬉しそうに笑ってコーンポタージュを買った。

「良かったらまた案内してよ」

 それから私たちは帰り道と時間帯が同じだったこともあり、よく一緒に帰るようになった。その度に彼はここの自販機でコンポタを買った。


 ――あの出会いから半年。

 今日も私の百円玉で彼は無事にコンポタを買った。

 その姿を見ることができて良かったと思う。彼が買えずに悲しんでるとこなんて、一度だって見たくないもんね。

「ところでさ、コンポタ一缶に入ってるコーンの粒って何個か知ってる?」

「え、なにそれ知らない」

「大体だけど、50個くらい入ってるんだってさ」

 彼は黄色い缶のプルタブを開けてゆっくりと口をつけた。コンポタが好きだとは思っていたが、そんなことまで知っているとは。

「よく知ってるね」

「たまたま何かで見てさ。それでちょっと数えてみたんだけど」

 彼は自分の持っている缶を指差す。

「今日で、僕たちが出会ってからちょうど5000個目のコーンなんだ」

 え、5000? 5000ってすごいな。とうもろこし何本分?

 私がそんな命題に挑もうとしたとき。


「だから、僕と付き合ってくれませんか」


 意味がよく分からなかった。彼の「だから」の意味も分からなかったし、このタイミングの意味も分からなかった。

 でも彼の強張った表情を見て、その台詞の真意と決意が沁み込んでくる。

「決めてたんだ。コーンが5000個になったら告白しようって」

 緊張した面持ちでそんなことを真剣に言う彼。それが少し可笑しく見えて、私は少し笑ってしまった。

 食べたコーンの数を告白までのカウントダウンにするなんて、そんな人いる?

 こんな人とはもう二度と出会えないだろうな。

「3000個でも良かったのに」

 私がそう言うと、やっと彼も笑った。

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